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貴方を思い、願いを返して 1837文字【うたすと2 ブーケ・ドゥ・ミュゲ】
小雨のように見えて、小雨よりも弱い雨が降っていた。
私は一人。縁側近くに座り、小糠雨が止んで月が見えてはくれないだろうかと願っている。
貴方は月が好きだったから、夜の月を見れば貴方と繋がった様な気になるのだ。
「……馬鹿よね。私
別れを切り出したのは、私なのに」
彼は商家の次男坊。次男で生まれてきた彼は考え方は柔軟で、おおらか。
自分は家を継ぐ順番にはないからと言って、勉強や作法、家の商いはがり教え込まれていて外を見に行けないと嘆いていた兄の代わりに、自分が外を見て、将来兄を支えるのだと貴方は言っていた。
そんな貴方と出会ったのは、偶然だった。結納を控えた姉の買い物に付き合っていた私は、姉と離れ迷子になってしまっていた時だった。
広い場所だった為、困っていた所を、貴方が声をかけ、一緒に姉を探してくれた。
それから両思いになるまでには、時間はかからなかった。
貴方は、私との逢瀬の最後に、季節になると綺麗なアマリリスの花を一輪くれた。
「俺の好きな花なんだ」
そう言っていつも照れくさそうに手渡してくれた。
そんな貴方から貰うアマリリスは、私にとっても好きな花になった。
🪻🪻🪻
そんなある日。
貴方の兄である誠一郎(せいいちろう)さんが、前から患っていた病に倒れ、亡くなったという知らせが街を駆け抜けた。
それから貴方の生活は一変した。
新たな跡取りとなった貴方は、毎日毎日勉強し、誠一郎さんがしていた事を毎日教え込まれる生活になった。
私と逢えなくなってしまった貴方は、便りで『ごめん。待っていてくれ』と何通も便りを送ってきてくれたが、その僅か数ヶ月後に、貴方のご両親が選んだ女性と結婚する事になったらしいという噂を聞いたのだ。
噂だけれど、これはきっと正しいと思った私は、貴方の家政婦さんにお願いをし、貴方と会う約束をとりつけた。
私は、貴方と別れる事を決めた。
私が居ては、貴方は結婚出来ない。
私が貴方の気持ちを決めてしまって申し訳ないけれど、私と会った好き合っていた頃の貴方の立場と、今の貴方の立場はガラリと変わってしまっている。
私は、それを邪魔する壁になどなりたくない。
貴方は、そんな私の気持ちを察したのか、貴方はいつもは別れ際にくれた花を一輪手に持ちながらやって来た。
「…私の気持ちを…察してくれたのね」
声は、震えていないだろうか。
「誠二郎さん。私、貴方と別れます。
今まで、ありがとうございました」
そう私は言った後、頭を下げた。
この日の為に、私はいつも以上に身だしなみには気を配ってきた。
それが、せめてもの私の強がりで、勇気の出し方だったのだ。
「絢子(あやこ)顔……あげて」
貴方にそう言われた私は、顔を上げて貴方と向き合う。
「これ…俺から絢子に送る最後の花。……丁度、花が咲く時期で良かった」
そう言った貴方から、私は綺麗なスズランを手渡された。
綺麗で白い、可愛い花。
「……絢子。俺は絢子の事を好きだった。ありきたりな言葉だけれど、俺の心の一部は、もう絢子だけだ。
こんな辛い言葉を…………言わせてごめん………。
………っ愛してた絢子」
貴方はそれだけを言って、すぐに背を向けて立ち去っていった。その後ろ姿を見つめていると、決意が滲んで見えた。
貴方の姿が見えなくなった後、スズランの花が包まれている紙の中から、1枚の紙がのぞいているのが見えた。
そっとその紙を手に取ると、貴方の綺麗な字で書かれた文字が、一言だけ記されていた。
「………っう…。ふ……。んふ……………っ」
我慢していた涙が、次から次へと溢れ、頬を伝って流れていく。外で泣くのはみっともない。早く涙を拭かないと。
……けれど、ハンカチーフを持って来ていなかった事に気づいた私は、貴方から貰ったスズランの花を目隠しにして、1人で少しだけ泣いたのだ。
🪻🪻🪻
「あ、晴れてきたわね…」
貴方から貰ったスズランは、貰ってから数日経っても綺麗に咲いている。
月明かりに照らされ始めたスズランは、月の光を浴びて、透き通るように光っている。
「誠二郎さん。……幸せになってね」
貴方も、この月を見ているだろうか。
もし見ているのなら、月を通して、私の気持ちを伝えて欲しい。
私は、まだ立ち直れてはいない。
今はまだ、他の誰かを、まだ想える気持ちではない。
けれど、貴方の幸せを祈る事は出来る。貴方の嬉しそうな顔が浮かぶから。
貴方が私に送ってくれた気持ちを、私も返したいから。
月は顔をのぞかせた。
夜空を…綺麗に照らしている。
『再び幸せは訪れる
もう一度 幸せであれ』
〜終〜
こちらの企画に参加させて頂きました。
はじめて参加させて頂きました。
きれいな言葉と音楽の雰囲気が切なげで綺麗でした。
ありがとうございました(^^)