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遺されたものと 2050文字#シロクマ文芸部

夢を見る事が出来るのに、会いたい人に会えないのは、何故なのだろう。

聞きたい事、教えて欲しい事があるけれど、それを聞くことは叶わないから、いつも飾られている写真に向かって話しかける。

……何の返事も、ないけれど……。

🚗🚗🚗
「寿道(としみち)〜!起きてる〜」

今日も、母である穂波(ほなみ)の明るく元気の良い声が聞こえてきた。

「起きてるよ……」

それに眠気眼な顔で返事をしなから台所へやって来たのが、息子の寿道だ。

「そこに置いてある小鉢のおかず、寿雅(としまさ)君の所へ持っててくれる?」

「うん。わかった」

台所のテーブルに置いてあった小鉢を手に取ると廊下を挟んで向かいにある和室へと入っていく。

そこに置かれている仏壇の上に持ってきた小鉢を置き「りん」を一回鳴らす。

やり方や作法はわからないが、上への合図として寿道はこうしている。

「今日は、父さんが好きだったきんぴらごぼうだってさ。

……良かったね。」

寿道の父。寿雅は、寿道がまだ小学生の頃に天国へと行った。

寿雅が亡くなってから大体の物は片付けたが、寿雅が大切にしていた車は、今でも家の庭先で出番が来るのを待っている。

寿道は仏壇の前からゆっくり立ち上がると、顔を洗いに洗面所へ行き、また台所へと向かう。

「……今日は?届け先何処なの?」

「いつもと一緒よ。あっ!だけど、今日は少し遠い所もあるんだった」

そう言いながら、母である穂波が今日お弁当を配達する場所の一覧を見せてくれた。

穂波は栄養士の資格を持っていて、規模は小さいものの、自宅でお弁当とお惣菜を買えるお店を始めた。

それが、田舎であるこの町のお年寄りの人達にうけ、毎日の様に朝〜昼前までお弁当を運ぶのが日課だ。

寿道も自動車整備士の学校に通いながら、休日は穂波のお弁当配達のほとんどを担っている。

「これっ、凄い山の中じゃん」

「でも、車でちゃんと通れるわよ?」

「……母さん、ここまで配達行った事あるの?」

「あるわよっ!山中さんは、うちのお得意様なんだから!」

「……にしても……ほんと、周り山しかねー」

「山中さんね、今、体調崩しちゃってるんだって。うちに頼んで来る時は、大体そうなの」

「……へ〜。なら、顔なじみの母さんが行った方が良いんじゃないの?」

「そんなは事ないわ。寿道でもちゃんと歓迎してくれるわ」

「……そうかね〜?」

「そうなのっ!」

「……わかった」

朝ごはんを食べ、洋服を着替え、歯磨きをして出かける準備を終えると穂波からお弁当の入ったクーラーボックスを受け取る。

靴を履いて外に出ると、田舎だから少し大きめの庭の上に、車が2台並んでいる。

一つは穂波の車。

もう一つは、父の形見同然の車。

配達へ行く時に乗って行くのは穂波の車だったが、この日は父の車の方に目が動いた。

山への配達だと聞いたせいだろうか。

「母さん」

「うわっ!びっくりしたっ!
なにっ?もう行ったかとばかり………」

「父さんの車って、今でも動くよね?」

「えっ?うん。ちゃんと現役で動きますよ」

「今日……父さんの車で届け先へ行ってきてもいい?」

「良いわよ行ってきても。寿雅君がお休みの時は、あの車を使って届けに行ってくれてたし、寿雅君が亡くなってからも、ちゃんも点検もエンジンもかけてたし、あの車で行っても問題ないと思うわ」

「……良かった」

寿道は、持っていた穂波の車の鍵を玄関に戻し、穂波の車の鍵の隣に置いてあり、少し埃の被った寿雅の車の鍵を手に取る。

穂波の車より大きく、1990年代にモータースポーツの世界で活躍していたその車を寿道は動かす。

少し大きめのエンジンの音が響き、久し振りに動ける事を嬉しそうにしている様に見えた。

クーラーボックスを後ろへとしっかり固定し、動かないのを確認すると寿道は運転席に座る。

今の車より何十年も古い車たが、寿道はこの車が好きだったし、小さい頃は寿雅が運転している姿を助手席で見つめているのがお気に入りだった。

そんな自分が、免許を取って運転出来るようになり、父の車のハンドルに手を取る事に、何処かフワフワした気持ちになる。

「父さん、俺…今日はこの車でお弁当届けに行くよ。母さんの車でも良いんだろうけど、父さんの車の方が強そうだから、これで行く。

いいだろ?父さん」

シートベルトをして、サイドブレーキをコトンッと落とす。

早く、早く。と急かされている様な、寿道お前が運転するのか?と、父の車に聞かれている様な気もする。

「一緒に、お弁当届けに行ってくれる?」

返事はない。

天国に居る父と同じだ。

「居るのかもしれないし、答えてるのかも知れないけど…俺にはわからないからさ。返事がない。イコール、了解って思う事にするよ。勝手だけどね」

寿道は、父の車を発進させる。

マニュアル車ではあるが、寿道はマニュアル車の運転を好きだ。

「よしっ!行こう」

父の車、遺されたモノ、遺された車。

今日は、そんな思い出と一緒に、山の中までお弁当を届けに行く。

この車から見る景色は、運転席から見る景色は、どんな風に見えるのだろう。


父は、どんな景色を見ていたのだろう。


〜終〜

こちらの企画に参加させて頂きました。

ありがとうございました。

※車の事について調べが足りない事があるかもしれません。
温かい目でよろしくお願いします💦

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