【長編】とてつもない質量で恋が落ちてきた・第14話 そばにいてほしい人 ①
気がつけば何度目かわからないため息をついて、キーボードの上でタイプする指がまた、勝手に止まっていた。今日は金曜日。仕事が終わったら大介さんと新宿で会う予定。この週末を過ごしたら大介さんはまた海外遠征。アジアツアーが始まってしまうから、しばらくまた会えない。大事な大事な週末。
普通だったら早く会いたくて仕方ないはずなのに。今は一刻もはやく会いたいような、でも会うのが怖いようなおかしな気分。
『あの人に会って少し話をしてくるから』
先日そう話した大介さんはいつもどおりだった。ほんとうに何も気負いのない普段どおりの大介さん。ちゃんと彼女と会うことを教えてくれたし、隠すことなんてなにもないというふうに、さらっとそう言ってくれた。
だからきっと大丈夫。なにも心配することなんてないはずなのに。どうしてこんな胸騒ぎがしてしまうのだろう。焼きもち? もちろんそれもあるけれどそれだけじゃない。モテるはずの大介さんが彼女と別れてから十年、誰とも真剣につきあうことがなかった。だからこそ二人の過去、絆の強さが怖くて仕方ない。だってそこには絶対に踏み込むことなんかできないから。
大介さんはあの女と会って何を話したのだろう。ずっとそのことが頭のなかをぐるぐる回っている。
「タカヤナギちゃん」
いきなり声をかけられて飛び上がるくらい驚いてしまった。私の席の前、見上げた先には、うちの会社所属のプロゲーマー、ユウさんが立っていた。
「わあ、ビックリした!」
「いや、俺のほうがビックリしたわ。タカヤナギちゃん驚きすぎ。ずいぶんぼんやりしていたみたいだけど」
ユウさんが屈託なくカラカラ笑った。
「あれ、今日は契約更新でしたっけ?」
頭のなかを急いで仕事モードにする。ゲーマーさんの契約関係は高野マネージャーの管轄だ。
「そうそう、有難いことにサイノスと契約更新できたよ。また一年宜しくね」
「こちらこそ宜しくお願いします」
椅子から慌てて立ち上がって頭をぺこりと下げると、ユウさんは私を見て穏やかに笑った。
「タカヤナギちゃん、相変わらず礼儀正しいなあ。大介さんが可愛くて仕方ないって思うのも、ムリないね」
「えっ……あの、そんな、こと……」
普段ならそう言われたら。ふにゃって笑ってしまうところだけど、今は素直に喜べなくておかしなリアクションをしてしまう。
「どした? なんか俺、へんなこと言ったかな?」
「あ、いえ……」
ユウさんもトップクラスのゲーマー。人間観察を常にしているから、私の顔色が変わったくらいのことはすぐに気づいてしまう。
「うーん、大介さんとなんか揉めた?」
ユウさんが心配そうに覗きこんできたから、あわてて首を横に振った。
「揉めたりなんかしてないですよ」
ユウさんはほとほと困った表情をして私を見た。
「……俺が大介さんをキャバクラに連れて行っちゃったの、やっぱりまずかったよね?」
「キャバクラ?!」
私の様子にぎょっとして、ユウさんは慌てて視線を反らした。
「あ、ソレじゃなくて? や、余計なこと言っちゃったな……」
点と点が線になったような気がした。ユウさんに誘われていった飲み会のあの夜、大介さんの様子がおかしかった。たぶんあのとき、彼女と再会したんだと理解する。
「こないだユウさんと一緒にいた方って、そのキャバクラの?」
ユウさんは視線をウロウロさせていたけれど、私がじっと見ていたら、諦めたようにこちらに視線を向けた。
「あ、あゆみちゃん? うん、そう。でも大介さんは関心ないって言ってたよ? もうキャバクラには行かないって言われたし。俺、一人で行けって」
「もう関心ない……」
思わず呟くとユウさんが参ったなあとしきりにボヤく。大介さんの性格を考えたら、つきあっていた当時、彼女への想いは半端なモノではなかったはず。再会してしまった今、関心がないわけがない。困り顔のユウさんと目があったから、おもいきって聞いてみる。
「ユウさん、知ってるんですよね?」
「え? え? なに、なにを?」
目が完全に泳いでいる。間違いなくユウさんは知ってる。
「あゆみさんが、大介さんの元カノだったこと」