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【長編】とてつもない質量で恋が落ちてきた・第11話 いとおしいひと ④

 里奈のことをどう説明したらいいのだろう。ユウと一緒にいた女が元カノとか、話が無駄に複雑になっている。それでもちゃんと説明しないといけない。理名が不安にならないように。今度会うという話も、ちゃんと言っておかなくてはいけないだろう。

 昔の感情なんて微塵もない。はっきりそう言えれば簡単だ。けれど実際はもう忘れ果てたと思っていたのに、里奈に再会した瞬間、別れたときの感情がまざまざと蘇ってきて俺を驚かせた。

 本気で好きだった女を幸せにしてやれなかった負い目。別れを決意したあの時の痛み、苦しみ。埋れていた小さな火が息を吹き返したように、胸の奥を小さく焦がす。

 今、俺が愛しているのは理名だ。はっきりそれは言い切れる。けれど里奈のことも、完全には放っておけない。今、里奈が幸せならなんの問題もない。だけど残念ながらそうじゃないような気がする。俺との別れが、里奈の人生になんらかの影響を与えているのだとしたら?

 別れて十年もたっているというのに、あそこまで俺に会いたがる理由が、それ以外に見つからない。スマホを手にもったまま固まり、ぼんやりしていた自分に気づいてため息をこぼす。

 少し前までの俺なら、大会の真っ只中に格ゲー以外のことで悩んでいるなんて、想像できなかった。ゲーマーとして生き抜くために、格ゲーにすべて集中するために、この十年やってきた。女性と真剣につきあおうとしなかったのも、また心を乱されたらたまらない。そう思っていたからだ。

 実際今日だって集中が乱れたのだから、それは正しい選択だったのだと思う。けれど今の俺は十年前とは違う。キャリアを積み、ちゃんと修正できる術も持っている。そうでなければなんの成長もしていないことになる。

 腕のなかで安心しきって眠っていた理名を思い出す。どうしたって湧き上がる、いとおしいと思う気持ち。それは揺らいだりしない。俺はひとつ吐息をついて、理名の携帯番号を押した。

 いつもならすぐ取ってくれるのに。四コール鳴ってもでない。それでも待つ。絶対理名は電話に気づいているはずだ。六コール目でようやくかちゃり、と音がして、もしもしという掠れた声がした。ほっとして吐息がこぼれた。

「理名?」

 そう呼びかけると、携帯の向こうで小さくはい、と答えた。ひさびさ、といっても二日ぶりの理名の声に、やっぱり気持ちがなごむ。

「よかった。今日は話せて」

 そういうと、ちょっとした沈黙のあと、呼吸を整えるような吐息が聞こえた。

『ごめんなさい、飲み会があって』

 小さな、消え入りそうな声。理名らしくない。そんな声を聞いていると、こちらまで落ち着かなくなる。

「うん、メッセージ読んだ。……でも夜遅くまで飲んでいたら危ないよ。いくらマンションが駅から近くても。心配だからあまり遅くならないで」

 そう言うと、すいませんと掠れた声で答えた。やっぱりおかしい。雰囲気がいつもと明らかに違う。

『大会の今日の結果、ネットでみました。ベスト十六、おめでとうございます。明日の決勝、がんばってくださいね』

 他人行儀な言い方。このまま当たり障りのない話をしていても何も変わらないと、感覚的にすぐに感じた。単刀直入に切り込むことにする。

「ありがとう。……それより理名、今、気になることがあるよね? 俺に聞かないの?」

『……気になること?』

「うん」

 理名は素直だから思ったことが顔にでる。今は電話だから表情がみえないけれど、声の調子で、沈んでいるのがよくわかる。間違いなくあのこと・・・・を気にしている。

「元気ないから。俺のせいだよね?」

『……』

 理名はなかなか言い出さない。あえて少し挑発してみる。

「あれ……もしかして、気にしてなかった? ごめん、それなら別に……」

『は? 気になるに、きまってるじゃないですか!』

 拗ねた子供がようやく口をきいた様な口調が、やたらかわいらしくて。ほっとしたのもあって、つい笑ってしまった。

『なんで笑うんですか?』

 むっとしたのがわかる口ぶりに、慌てて口元を引き締めた。

「ごめん。理名がかわいかったから、つい」

『かわいいとか言ってごまかさないでください!』

 ついに本気で怒りだした。ようやく本音を吐き出しはじめたことに安心する。言いたいことを言わない。それが一番良くないことを身に染みてわかっているから。軽く身構えていた体の力が抜けて、口元が勝手に緩んでしまう。



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