【長編】とてつもない質量で恋が落ちてきた・第15話 愛したひと、愛するひと ⑤
「近所に、かみやだいすけみたいな人、いないよ」
「じゃあどこで見たんだろうね」
いきなりフルネームで呼び捨てをされて、なんだかおかしくなる。希もふふと楽しそうに笑う。少し固かった病室の空気が和んだ気がした。
「さ、まだ夜中だからね。希はもう少し寝たら?」
里奈が俺たちの会話を苦笑しながら中断させ、希の布団をぽんぽんと叩いて直す。
「目がさめちゃったもん。それよりママ、のどかわいた」
「じゃあ、お水を買ってこようね」
そういう里奈に希は頷く。
「それなら俺が買ってくるよ。里奈はここにいろよ」
部屋から出ようとしたら、腕を軽くつかまれ引き留められた。
「大介こそいいから。私がすぐに買ってくる。ちょっとだけ希についていてくれる?」
里奈は俺の返事も聞かずに、さっさと部屋から出て行ってしまった。やっぱり昔より押しも強くなった。母は強しだなと苦笑する。
「おもいだした!」
いきなり希の声が背後から響いてきたから、びっくりして振り返った。
「え? なにを?」
「かみやだいすけ、どこで見たかおもいだした」
「え、俺?」
そう言うと希が真面目な顔で頷いた。
「ママがいつもみてるユーチューブ。たたかうゲーム? やってる人」
まんまるな瞳をして俺を見てくるから、つい笑ってしまった。
「あー、うん、当たり」
面白くもなんともない返答しかでてこない。こんな小さな女の子と、一対一で話したことなんかないから、何を話していいのか見当もつかない。
「あのね?」
「うん」
希は里奈に似た瞳をまっすぐ俺に向けて、躊躇うことなく口を開いた。
「かみやだいすけって、ママの元カレ?」
「えっ! 希、なんで元カレなんて言葉、しってんの?」
あまりにもびっくりしすぎて、ちゃんづけするのも忘れて、結構マジでツッコんでしまった。
「もうすぐ七才だもん。マンガとかに元カレとかでてくるから、それくらいわかるもん。それでやっぱりママの元カレなの?」
女の子ってのはこんな小さい頃から、マセているものなんだろうか。手のひらに変な汗をかきはじめてしまう。
「うーん、えーと。あ、さっきママが言ってたよね。古い友達だって。だから友達だよ。それよりそんなにいっぱい話をしたら、疲れちゃうんじゃない?」
防戦一方になりながらも、ようやくそう切り返すと、希はほおっと大人の女みたいなため息をついた。
「病院きたら、いたいの、だいじょうぶになったから」
腕をあげて、つながれている点滴を俺にみせる。
「それでも、大人しく寝ていたほうがいいよ?」
俺の言葉をさらっとスルーし、希はこちらをじっとみたまま話を続ける。
「ママはタカヒロくんは好きじゃないのかなあ……」
「タカヒロくん? 誰?」
子供の話はいきなり飛ぶらしい。たぶん希の頭のなかではつながっているんだろう。
「かみやだいすけみたいに、ユーチューブにでたりはしないけど、おいしいご飯を作ってくれるし、一緒にあそんでくれるの」
タカヒロってもしかしたら里奈の男じゃないだろうか? じゃあ、何故そいつはここにいなくて、俺がいるのか。それもおかしな話だとつい笑ってしまいそうになり、慌てて真面目な表情をつくる。
「へえ。希はタカヒロくんと仲良しなんだね」
「うん。やさしいからすきだよ。でもママは……、かみやだいすけのほうが好きなのかなあ」
その言葉に思わず咳こんでしまい、希に大丈夫? と真顔で心配され何度も頷いた。
「うん大丈夫……いや、そんなことないと思うよ。ママだってタカヒロくんのこと、好きなんじゃないかな。俺のことは……なつかしいって思っているだけだよ。ずっと会ってなかったしね」
ふーんといって真面目な顔をして何かを考えている。希も小さいなりに、思うことがあるのだろう。普通の子供よりは大人びているのは、母ひとり子一人で、いつも母親の様子をよく見ているせいなのかもしれない。そんなことを考えていたら油断していた。
「じゃあ……、かみやだいすけはママのこと、好き?」
いきなりまた、爆弾を落としてきた。