【長編】とてつもない質量で恋が落ちてきた・第14話 そばにいてほしい人 ④
長い歩道橋を渡って高層ビル群へ。駅からほど近いビルのひとつ、四十九階にある焼肉割烹の個室に案内された。窓から東京の夜景が一望できる。
「わあ、キレイ……」
眼下に広がる眩いばかりのイルミネーション。ほんとうに地上の星みたいだとため息をつく。
「ここ、いつも来るんですか?」
掘りごたつみたいな席に座ると、目の前に座った大介さんが口元を緩めて首を振る。
「いつもなんて来ないよ。まえにスポンサーの、偉いヒトに連れて来てもらったことあってさ。肉が旨かったから、理名にも食べさせようかと思って」
そういって目尻に小さなしわを寄せる、私の大好きな笑みを浮かべたから。お腹がいっぱいになるまえに、胸がいっぱいになってしまいそう。タイミングよく着物をきた仲居さんが、飲み物のオーダーを取りに来る。大介さんが慣れた様子でビールを注文しているのを聞きながら、気持ちを落ち着かせるため、空からこぼれおちた星みたいな夜景を眺めた。
非日常な風景。すぐには地上に戻れない高い場所。けれど大介さんが一緒なら、現実に戻れないまま、ここにいるのもいいかもしれない。そんなことを思いついた自分を小さく笑う。
「理名?」
大介さんがなぜか、切なげにもみえる瞳で私を見ていた。暗い顔でもしていたのかもしれない。あわてて首をふって微笑む。
「すごく高い場所にいるなあって思っていたんです。地上が遠いですよね」
「……そうだよな。俺、あんまり窓の外を直視できない」
「どうして?」
首をかしげて彼を見つめると少し照れたように笑った。
「高いトコロ、実は得意じゃない」
そういえば、大介さんはほとんど窓のほうを見ていないことに気づいた。
「そうなんですか? 知らなかった。大丈夫ですか?」
「大丈夫。しばらくしたら慣れるから。それまでは外は見ないようにするの」
「高層ビル、苦手なのにこのお店に連れてきてくれたんですか?」
「だって。肉は旨いんだよこの店。高いのは多少我慢はしないと」
子供みたいな顔をして、真面目にそう言う大介さんがかわいくて、その気持ちがうれしくて。つい目の前にあった彼の手を握ってしまう。
「ありがとうございます。高いところ、得意じゃないのに、頑張ってこのお店に連れてきてくれて」
大介さんは目を細めて笑うと、私の手を握り返してくれた。彼のこういうところも、やっぱり好きだと思ってしまう。
ビールが運ばれてきて。大介さんのグラスとカチンとかさね合わせた。
「アジアツアー、頑張ってきてください」
「うん、ありがとう」
ビールに口をつける。はじけるような炭酸と独特の苦味が口の中に広がって、喉に落ちていく。喉ごしは気持ちいいけれど、その苦味が少し苦手で。いままでビールを美味しいとはそれほど思えなかったのに。
大介さんと飲む機会が増えて。この味わいも好きになってしまった。彼に関係することはみんなスキになってしまう。
今までこんなに盲目的に、誰かを好きだと思うことは無かった。好きな人の色に染まる、なんて表現があるけれど、そんなの自分を見失うようで、格好が悪いとすら思っていた。
でも今は。格好がいいとか悪いとか関係なくて。好きな人と同じものを楽しいとか素敵だなって思いたくて。それがいつのまにか自分の好きになってしまう。
そんな気持ち、いままで知らなかった。それくらい大介さんは私に影響を与えている。雛が親鳥のうしろをトコトコついて歩いて、すべてを真似する刷り込みのように、ごく自然にはいってきてしまう。
そんな大介さんが私の前からいなくなってしまったら。そう考えただけで自分がどうなってしまうのか想像もできない。それなら考えなければいい。それなのに……。
「どした?」
気遣うように見つめる目の前の人はたぶん、わかっている。私が何を考え、何を気にしているか。それでも話さないのだとしたら、聞かないでいたほうがいいに決まっている。そうわかっているのに、パンドラの箱かもしれないそれを、開けたくなってしまう自分もいる。