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【長編】とてつもない質量で恋が落ちてきた・第11話 いとおしいひと ②

「大介さんさ」

「うん」

 食事から目線を外さないまま答える。

「あゆみちゃんと本気でつきあっていたんですよね?」

 珍しく真面目なトーンの声。顔をあげてユウをみた。奴は真剣な表情をして俺を見ていた。

「……ああ。もちろん」

 結婚するつもりだった。あいつと生きていこうと、真剣に考えていたからこそ、当時まだ、存在すら認知されていなかったプロゲーマーを世間に認めさせようと悪戦苦闘していた。皮肉なことに、それが里奈との溝を生むことになってしまった。

「あゆみちゃんと別れてから、ずっと特定の彼女はいなかった。だけどタカヤナギちゃんと出会って、ひさびさに本気でつきあうことになったと。そういうことですか?」

 なんだか喉が渇いてビールをごくごく飲む。ユウはビールを飲む俺からも視線を外さない。

「まあ、簡単にいえばそんな感じ」

 奴はしばらく俺の顔をマジマジとみたあと、参ったなあと笑った。少し困ったように。

「長い間、誰ともつきあってなかったのは……彼女に未練があったからですか?」

 言葉につまる。里奈に対するなんらかの感情は、確かに残っている。嫌いになって別れたわけじゃないから。ただそれを未練というには時間がたちすぎてしまったんだ。多分。

「後悔はあるよ。ただそれだけ。誰ともつきあわなかったのは格ゲーに集中したかったのと、本気になるような女がいなかったから」

 俺は話をそこでぶったぎり、ひたすら食べ始めたから、ユウも諦めたようにようやく会話をやめた。早く理名に電話をしてちゃんと話を聞いてやりたい。けれど今はできない。焦る気持ちをなんとかコントロールする。格ゲーと同じ。焦ってうまくいったためしなどない。ビールをあおり、最後まで飲み干した。少し寝て、どこか混乱している頭をクリアにしたかった。

 シャルル・ド・ゴール空港にようやく到着して。ちんたらしていた他の奴等に先にいくからと声をかけ、パリで大会があるときはいつも使っているホテルにタクシーでひとり向かう。 

 行き先を告げるや否や、携帯をとりだす。皆のまえでは落ち着いて話せない。ここは今十六時五十分。時差が七時間だから、日本はギリギリゼロ時前。まだこの時間なら起きているはず。通話ボタンを押して、応答を待つ。呼び出し音が五回鳴ったところで、留守番電話に切り替わってしまった。ため息をついて電話を切った。もう寝てしまったかもしれない。とりあえずメッセージをかいて送る。

(理名、パリについたよ。電話したけど、つながらなかった。また折りをみて電話するから。ゆっくり休んで)

 既読はもちろんつかない。しばらく画面をみつめたあと、携帯をオフにして、背もたれに体重をかけた。窓の外を眺める。一年ぶりのパリ。風景なんかいつもろくすっぽ見てやしないから、やっぱりいつ来ても見慣れない街のままだ。後ろに流れていく景色を見つめながら、意識をむりやり、あしたから繰り広げられる対戦にもっていくことにした。

 ホテルについて部屋におちつくと、いきなり備え付けの電話が鳴った。ベッドからたちあがり受話器を耳にあてる。

『Hello, Mr.Kamiya? You have a phone call from Rina, calling from Tokyo. Will you accept this call?(神谷さまですか? 東京から、りな様より電話がはいっています。お受けになりますか?)』

 フランス語訛りのゆっくりした英語。俺はせっかちにYes, please.と応え、かちゃりと繋がる音が聞こえると、勢いを得てすぐに話を始めた。

「理名? さっき電話したんだけどつながらなくて。なんで携帯じゃなくてホテルにかけてきたの?」

 そう言ったあと電話の向こうでくすりと笑う気配がした。

『……だって、今の携帯番号しらないから』

 俺は一瞬、息を呑んだあと、ぼそりと呟いた。

「里奈、か?」

 ひっそり息を吐くのが電話の向こう側から聞こえた。

『ごめんなさい。いきなりホテルに電話したりして』

 キャバクラであゆみとして話していたときよりも、ワントーン低い声。昔と変わらない普段の声。

「ユウから聞いたんだ? 泊まってるホテル」

『うん、そう』

 ユウもこのホテルに泊まるから、話の流れで俺の名前もでたのだろう。被せるように畳みかける。

「理名に会ったって?」

『……彼女さんも、りなさんていうんだね。目がまんまるで、可愛いひと……』

 消え入りそうな声で呟いたから嫌な予感がした。

「理名になにか言った?」

「自己紹介して、それから、……大介さんによろしくと。連絡お待ちしていますって」

 それを聞いて思わず気色ばむ。

「はあ? なんでそんなことを理名に言うわけ?」

 里奈は一瞬だまったあと、小さな声で呟いた。

『あんなこと、言うつもりなんてなかったのに。ごめんなさい……どうしても大介と話したくて……』

 電話のむこうで、里奈が俯いている姿がみえた気がした。もともと嘘がつけない人間で、嫌味をいうタイプでもない。むしろ控えめな性格だった。それが大会前にこんな電話をしてくるなんて。しかも理名まで巻きこんで、だ。

「……そこまでして俺と話したい用件ってなに?」

 できるだけ素っ気なく、核心に斬り込む。

『会いたい。会って話がしたいの』

 俺の冷えた対応に臆することなく即答した。まるでその言葉をずっとあたため、用意していたかのように。その勢いにすこし驚きつつも、すぐに口を開く。

「……十年前お前が出ていった時、会いたいって何度も言った俺を、拒否したのは里奈だぜ?
別に責めているんじゃない。里奈からしたら、それは仕方なかったってわかってる。ただ俺は、もうお前とのことはリセットしたんだよ。だから。十年もたった今、話しても意味がないと思ってる」  

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