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【長編】とてつもない質量で恋が落ちてきた・第7話心惹かれるひと ②

「ここなんです」

 いつのまにか視界が広がり、テラスを備えたガラス張りの店の前にいた。ぼんやりしていた俺をタカヤナギさんがきょとんとした表情で見上げているから、あわてて言葉をつなぐ。

「あ? ここ? いい感じの店だね。来たことあるの?」

 タカヤナギさんがにこにこしながら首をふる。その笑顔も、気のせいか前よりも可愛く見えている気がして、苦笑してしまう。

「いえ。来てみたいなあって思ってて。神谷さんがつきあってくれたから、ようやく来れました……って何、笑っているんですか?」

 あのまっすぐな瞳をくりくりさせて、すかさず突っ込んで来るところは、以前からかわらないと余計おかしくなってしまう。

「いや、楽しみだなって思っただけ」

「嘘ですね! なに笑っていたんですか? 教えてください!」

 予想どおりぐいぐい突っ込んでくる。そんなふうにつっかかってきたら、からかいたくなるってわかってんのかな。小学生のとき、絶対こうやって男子に構われていたに違いない。

 それならと。わざと真面目な顔をして彼女に顔を近づけてみる。一気に縮んだ距離。タカヤナギさんの口がびっくりしたように、何かを言おうと開いたまま動きが止まった。

「本当に楽しみだなって思ったんだけど?」

 至近距離でしっかり目をあわせて。あえて煽るように低い声でそういったら、今度は頬を一気にぱあっと染めて口をぱくぱくしてる。え。そこ、もっと突っ込んでくるところじゃないの? 予想外の反応をされると、こっちまで赤面しそうだからやめてほしい。

「俺、なにかへんなこと言った?」

「いえいえいえ! なにもへんなこと言ってないです。大丈夫です」

 なにこの、中学生カップルみたいな照れと初々しさがほどよくブレンドされた空気は。つい吹き出してしまいそうになるのをなんとか堪え、店のドアをあける。俺をどこかほんやりした表情でみあげているタカヤナギさんの背中をそっと押す。

「お先にどうぞ」

 そう言って先に入るよう促すと、ようやくほどけたように、花が咲いたような笑みを浮かべた。 

「神谷さん、こういうお店、よくくるんですか?」

 ワインを頼み終えて一息ついたあと。テーブルをはさんだ対面に座るタカヤナギさんが、じいっと俺を見ながら聞いてきた。

「滅多にこないよ。居酒屋ばっかり」

 このテの店はまわりを見渡しても女性客ばかりで、男性客はカップルで来ているパターンがほとんど。普段ゲーマーたちとつるむことが多い俺が、頻繁に来るわけがない。

「だって、ワインとかさらっと頼んじゃうし慣れてるのかなって」

 最初冗談で言っているのかと思ったら、表情は結構まじめだからすぐに答える。

「慣れてなんかいないよ。ワインだってオススメ聞いて、それそのまんま頼んだだけだし」

 そんな俺を眩しそうに目を細めて見つめてから、タカヤナギさんも照れたように笑った。

「そうなんですか。神谷さんがジャケットを着ているせいもあるのかな」

 そういってさらにじっと見つめてくるから恥ずかしくなる。

「すいませんね。いつもTシャツとジーンズとか、そんなラフな格好ばかりで」

 照れかくしに真面目な顔をしてそういうと、タカヤナギさん、楽しそうにふふと笑う。

「いえ、たまに見るから貴重です。格好いいです」

 にこにこしながらそう言われたのが、とどめ。何て反応していいかわからなくなる。うまい受け答えが思い浮かばず、それはありがとう、なんて全く芸のない返事をしてしまうあたり、本当に中学生レベルだ。

「……彼女さんと、よく来てるのかなって……おもったんです」

「え?」

 その言葉に顔をあげる。目が合うと困ったように笑う彼女。様々な感情を溶かしこんだその笑顔は、俺の心に直接、何かを響かせる。息が苦しくなるような感覚。苦笑しながら首をふる。

「……来たことはないよ。彼女がいたのは十年も前だし、それから特定の彼女はつくっていないから。その頃はプロになったばかりで金なんか全然なくて、こんな店に連れてこれなかったしね」

 少し真面目にそう答えると、タカヤナギさんがちょっと息を飲んで、そうなんですか? と瞳を見開く。

「うん。今だってたまにスポンサーさんとの会食とか講演会のあとに連れていってもらうくらいだし。そういえばサイノスの社長さんは和食好きだから料亭に連れて行ってもらったね」

「あ……はい、そうそう。社長は洋風なもの苦手なんですよ。だからたいてい和食懐石になっちゃう」

 タカヤナギさん、社長の話になってようやく表情を緩めてうんうん、と頷いた。サイノスのニ代目社長はやり手だけど、洋食より和食のほうがぴたりとくる、きさくなおじさんという感じだ。

「松茸コースだったかな。社長にご馳走になったの。土瓶蒸し、旨かったな」

「そこのお店、私が予約したんです。社長が接待でつかうお気に入りの料亭なんですよ」

「でも自分じゃ食べれない?」 

「そーなんですっ。私は食べれない!」

 そういって口を尖らすタカヤナギさんをみて、つい吹き出す。彼女も一緒に笑う。無邪気なその笑顔に、なんとなくホッとする。

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