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【長編】とてつもない質量で恋が落ちてきた・第12話 切なくさせる人 ⑧

 掠れたその声に、記憶が勝手にたちあがり体がぴくりと震えてしまう。頭じゃなくてもっと深いところにある感覚の記憶。

「あ……もちろん。来てください。日本に帰ってきたばかりですごく疲れているのに、お待たせしてごめんなさい」

 へんに意識してしまった自分が恥ずかしくて。それを悟られないようにあっさりとした感じでそう返事をすると、大介さんも小さく微笑んだ。

「うん、疲れた。あいつと会ったのがトドメだな」

 いたずらっぽく笑い私の手をひいて歩き出した。健史と一緒にいたことを責めたりしないし、どこまでも優しい。機嫌が悪そうな様子もない。いっそ優しすぎて切ないくらい。大介さんにとって、それほどたいしたことじゃなかったのかもしれない。わがままだとわかっているけれど、ほんの少し寂しい。大人である彼との差を感じてしまうから。私が同じ立場なら、泣いて騒いでしまうかもしれない。

 ふとあの美しい人が脳裏に浮かんで、胸がぴりっとしびれるような痛みを感じた。あの人の話もきっと穏やかに、話してくれるのだろう。その時私はちゃんと受け止められるのだろうか。

「大介さん」

 彼の穏やかな優しい声が聞きたくて。そっと話しかけてみる。

「うん、なに?」

 前を見たままそう答えるひとの横顔をみる。やっぱり疲れが滲んでいる。それはそうだと思う。今日フランスから帰ってきたばかりなのだから。

「あの、優勝おめでとうございます。メッセージは送ったけれど、まだ直接お祝いを言ってなかったから」

 できるだけ明るい口調でそういうと、そっと視線を私に落として微笑んだ。

「ありがと。理名に発破をかけられたからなあ。優勝しろって」

「発破をかけられたからって、簡単に優勝できる大会じゃないですよ」

「まあ、運もあるからね。でも理名が応援してくれたから勝てたのは確かだよ」

 優しく頭を撫でてくれたりするから、なぜだか泣きたいような気持ちになってしまう。大介さんが好きすぎて苦しい。つないでいる手をぎゅっと握りしめる。

 部屋までの道のりも、大介さんはあまり口を開かなかった。話しかけてもそうだね、とか、うん、とかそんな相槌ばかり。疲れている大介さんを煩わせたくなくて、私の口数も自然に減っていく。

 余計なことは話さず、ただ大介さんの手を握りしめる。その手は暖かくてぎゅっと握ると、また握り返してくれる。それだけでも胸がいっぱいになってしまう。大介さんも少しはそんな感覚を持ってくれているだろうか。

 彼とつきあうようになって、いくら愛情をもらっても、まだ足りないと思ってしまう。欲張りな人間になってしまった気がする。もうすぐマンションにつくというところで。体の内側にこもった熱を吐息にしてそっと吐き出すと、大介さんがちらりと私を見た。

「どした?」

「ううん。なんでもないです」

「……嘘だね。なんか考えていたよね。理名は顔にすぐでるから。言ってみて。なんでも」

 目をすっと細めて、ちょっと怖いと思うくらいにはっきりそう言う大介さんには、なにか適当な言い訳を取り繕っても、きっと見破られてしまう。仕方なく言葉を選んで、できるだけ正直な気持ちを口にする。

「大介さん、いつもより話さないから、帰国したばかりで疲れているんだろうなあって。そのうえ……その、健史と鉢合わせしたりして余計、気疲れさせてしまって。それでもすごく優しいから、大介さん大人だなって。私だったら、そんな風にできないって思っちゃって」

 大介さんは微かに瞳を見開いてしばらく私をまじまじと見つめたあと、ぼそりと呟いた。

「俺、大人かな」

「え?」

 丁度マンションの正面ドアに着いて部屋番号を押してエントランスにはいった。エレベーターに乗っても、大介さんはそれ以上話さなかった。彼の顔を見上げたけれど、ほんの少しの視線ですら、こちらに投げてくれない。なんだか落ち着かない気持ちになってくる。部屋について、鍵をまわしてドアをあける。後ろで静かにたっている大介さんに声をかけた。

「どうぞ入って……」

 すべてを言い終えるまえに、大介さんが私を抱きかかえるように部屋の中になだれ込んだ。玄関の壁と自分との間に私を閉じ込める。ぱたりと閉じるドアの音が、私たちの後ろでやたら大きく響いて、びくりと体を震わせてしまった。

「大介さん?」

 至近距離で覗き込まれた。すごく近くにある大介さんの瞳は、普段あまりみたことがないような苦しげな、それでいてどこか生々しい光を帯びていた。思わず息を飲んだ。

「やっぱ俺、大人になり切れないわ」

「は……えと……」

 その瞬間、息ができないくらいの激しさで唇を塞がれた。





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