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【長編】とてつもない質量で恋が落ちてきた・第12話 切なくさせる人 ⑦

 健史は一瞬、瞳を見開いたあとに笑みをこぼした。張り詰めたものを少し解いたような笑みだった。

「いえ。それだけです。余計なことを言ってすいませんでした。じゃあ俺はこれで失礼します」

 大介さんに軽く頭をさげ、私にもじゃあね、といって背中を向けた。

「あのさ、北川君だっけ? 俺からもひとつ聞いていい?」

 今度は大介さんが呼び止めた。健史は立ち止まってゆっくりと振り返る。じっと大介さんを見たあと、挑戦を受けた人のように静かに微笑んだ。

「もちろん。なんですか?」

「……君さ、まだ理名のこと、好きなの?」

 特に怒っているような様子もなく、淡々と聞く大介さんに対して、健史も普段と変わらない間合いで口を開いた。

「嫌いになって別れたわけじゃないし。好きかもしれませんね。ほっとけないって感じで」

 こともなげにあっさりそう言うから、私は口をぱくぱくさせるけれど、肝心の言葉がでてこない。大介さんは大きくため息をついて苦笑した。

「ほっとけない、か。それって俺に喧嘩売ってんの?」

「まさか。理名が好きなのはあなただし。勝ち目のない勝負はしない主義ですから。ただ……」

「ただ?」

 目の前の道路で車がクラクションをいきなり鳴らした。音の大きさに健史がすと目を細め一瞬口を噤んだ。車が去ってまた静けさが戻ってきたところでゆっくりと口を開く。

「あなたが理名を泣かせたら、喧嘩をふっかけるかもしれません」

 大介さんが微かに顎をひいて小さく笑った。

「肝に銘じておくよ」

 健史も引き締めていた口元を軽く緩めてみせる。

「そういう大人な言い方、ズルいな。神谷さんみたいなすごい人には、俺みたいな若造の言葉なんて響かないかもしれないけど」

「いや俺、仕事柄、年齢なんて気にしないから。若いヤツをリスペクトすることなんてしょっちゅうだし。だから北川君みたいな奴、普段なら面白いって思うはずだけど、このシチュエーションだと結構ムカついてる」

「俺もです。神谷さんは俺のまわりにはいないタイプだから手強てごわいしかなりムカっときてますよ」

 話している内容に反して、まるで普通に世間話をしているような二人の顔をぼんやりと見てしまう。軽く挑発しあって楽しんでいるようにさえ見えてしまう。固くなった空気をそっと動かすように健史が言った。

「……理名の相手があなたなのは、納得できるからよかったですよ。中途半端な男だったら絶対邪魔してる」

 頭のうえでふうと吐息がこぼれる音がした。

「もう邪魔してるし」

 大介さんの苦笑交じりの声に健史もさらりと応じる。

「こんなの邪魔に、はいらないじゃないですか」

 腰のあたりに腕をまわされて抱きしめられているから、大介さんの様子はわからないけれど、声の調子は相変わらず淡々としている。一方の健史は、大介さんとの掛け合いをどこか楽しんでいるように見えるから、文句のひとつでもいいたくなる。健史はそんな私をちらりと見て、理名の顔が怖いから帰らなきゃと肩をすくめて笑った。

「じゃ俺、行きます。邪魔してすいませんでした」

 そう言ってさっさと会話を終わらせると、大介さんに軽く頭をさげ、駅の階段をすたすた降りていってしまった。

 相変わらずマイペース過ぎる。健史が去ったあとの、このなんともいえない空気のことなんか、考えていないのか。もしくはわざと意地悪をしたのか。きっと後者だ。おそるおそる大介さんを見上げると、彼も上から私をじっと見ていた。

「あ、あの、大介さん。その……」

 ゆっくりと彼の口元に苦笑が浮かぶ。それから。まいったなあと小さく呟いた。

「あいつ、天然なふうにみえるけど、わざとこっちのペースを乱してくる。あれは確信犯だな」

「……ほんとうにごめんなさい。夜遅くに二人で駅からでてきたりして。彼といるつもりなんてまるでなかったのに、たまたまこうなってしまって……あの……」

 唇がすっと優しいカーブを描き、私の頭をやわらかくかき混ぜた。

「どう考えてもヤバイ状況なのに、理名が俺を認めた瞬間、反射的に嬉しそうな表情を見せたから、やましいことがないってのはすぐにわかったよ。だけどさ、あいつと二人きりなのはもうダメ。いい?」

 ちょっと目を細めて。真面目な感じでそう言ってくる大介さんに、ただただ頷くことしかできない。大介さんも頷いたあと、私をさらにぐいと引き寄せた。

「これから理名の部屋に行っていい?」

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