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マイノリティ寄が激しく共感 朝井リョウの「正欲」

 2022年本屋大賞にノミネートされ、今秋映画化が決定した本作。ずっと気になっていた作品で、文庫本になったタイミングでようやく読んだ。裏表紙の最後は「読む前の自分には戻れない」と結ばれている。すっかり正欲の世界に取り込まれた私は、こうして感想を綴ることを躊躇する。正しいことを書きたいが、私が思う”正しさ”に傷つく人がいる。それを痛いほど痛感させられる作品なのだ。

 本作の読み心地としては、長編小説でありながらも展開に引き込まれて、あっという間に読めてしまう。私は1週間で読破した。構成としては、冒頭とある文章から始まり、続いてある事件のネットニュースらしき記事、そして本文がスタートする。最初は意味が分からないまま進み、本文が進む中で冒頭に戻らされる。そこで受けた衝撃は忘れない。
 本作は主に5人の登場人物の視点を代わる代わる切り替えながら進んでいくが、最後に行きついた結末ではすべてのパズルのピースがはまったような爽快感がある。また、登場人物の心情をこれでもかというくらい解像度を高く表現しており(私がマイノリティ寄りの人間だからか)読中ふと涙を流していることに気付く、みたいなことが何度かあった。
 話者が切り替わる時に、最後の一文で使われていた言葉が最初の一文で使われるというさりげない演出もあり、言葉のチョイスが巧みだなあと思った。

 一部、ネタバレを含みつつ本書の回想をしたい。
 本作のテーマは、近年量産される多様性への警鐘であるように思う。また、性的マイノリティを基盤として描かれているものの、どんなマイノリティにも、一度でも疎外感を感じたことのある人にも刺さる作品だと思う。例えば私は友達がいないというマイノリティに当てはまる。

 最も印象的なシーンに、桐生夏月と佐々木佳道が着衣のまま疑似セックスを試みるシーンだ。二人はお互いに異性愛者ではないため、電気を消してベッドの上で抱き合おうとも”性的な反応”が起きることはない。読者としては、そんな状況なのに、そうはならないことがマイノリティとはどんな感じなのかをありありと突き付けられた瞬間であるが、それを「ちゃんと気持ち悪い」と思っている当人たちの、本当の生きづらさを痛感した瞬間でもあった。泣き叫びたくなるような生きづらさを抱えながら、生き延び二人が巡り合えたこと、それがとても幸せなことに思える。友達のいない私にとって、それでも一緒にいてくれる人がいることがこんなにも幸せで心強いものであることに思えたシーンだった。どうか、夏月と佳道が二人で一緒にいられるようにと願ってしまう。


たとえば、街を歩くとします。「明日、死にたくない」と思いながら。世の中に溢れる情報のひとつひとつが収斂されていく大きなゴールを、疑いなく目指しながら。

「正欲」朝井リョウ

 あなたは明日死にたくないと思えていますか?

 私は明日死にたくない。それはこの世界に私をとどめておく何かがあるからだと思う。それは大切な人だったり、仕事だったり、趣味かもしれない。けれども、それは後付けの理由なのではないかと思う。死にたくないと思えるほどの熱量がない。でも死にたいほどの熱量がない。だから、死なないための理由を探し、人生を生き抜く理由を作りたくて毎日生きているんじゃないかと思っている。


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