【妄想お悩み相談室】第5回 「ルパンに憧れる息子」
回答者:園江洋平 26歳 作家
言わずと知れた大作家、三島由紀夫(1967)は『不道徳教育講座』(角川文庫)という本の中で泥棒についてこう述べています。「石川五右衛門のような泥棒になるには、三等国日本の総理大臣なんかになるより、ずっと捨身の覚悟と恵まれた天才を要します。そんな覚悟も天才もなくって泥棒になるようなヤツは、…(省略)…立派な泥棒になれるものではない」(pp.28-29)
いいですか息子君。彼が言うように、泥棒になるというのは並外れた覚悟と天才が必要なのです。なぜか?ではこう問いましょう。泥棒の敵は誰です?そうです、警察です。では、警察とはどんなものか。
まず、彼らはとても優れた身体能力をもっている。どいつもこいつもやれ柔道の何段だの、やれ剣道のあれこれだのを有している。それだけじゃない。彼らは頭脳にも恵まれている。やつらはみんな大学を出ている。大学全入時代とはいえ、大学進学率が大体50%くらいで横ばいのこの国においては、単純に考えても彼らは18歳人口の上位2分の1の頭脳の持ち主だ。そうでなくとも、彼らの職務は厳しい法律に基づいて遂行されるから、生半可な学歴でやれる仕事じゃない。
さらに彼らの訓練は尋常じゃなく厳しい。警察学校での訓練は過酷そのもの。それもそうだ。市民を守る警察官になろうっていうなら、過酷な訓練でドロップアウトするようでは困る。時には死と隣り合わせの修羅場を乗り越えなければならない。だからやつらは強靭な精神力も持ち合わせている。
そういう人間が一人や二人ならまだいい。でも、警察というのは上記のような人間がガチガチの規律によって統制されてできた、何万人単位の組織だ。
大泥棒になれば、警察は科学やITの力さえも駆使して君を追ってくるに違いない。君はそれから逃げなければならない。休みなんてあるわけがない。365日(たまに366日)24時間休みなしだ。有休もない。今日の警察なら、並の泥棒はすぐに捕まえられる。
息子君。少々厳しことを言いますが、盗みをやって警察に捕まるようなやつは、泥棒として半人前です。三島大先生はさっきの本の中で、一人前の泥棒になるために「国立ドロボー学校」を作って、泥棒志願者をそこに通わせるべきだと言っている。私も同感だ。
しかし、実際にこの国に「国立ドロボー学校」なるものはない。さもありなん。だが、私は「国立ドロボー学校」の代わりになる学校を知っている。警察学校だ。
敵を知り、己を知らば百戦危うからず。警察学校に行って、敵の懐を探ってくるがいい。
そこで学び訓練を積めば、盗みをした君をどんな人間がどうやって追ってくるかが分かるだろう。盗人が誰かをどんな手がかりからどうやって特定するのかが分かるだろう。彼らが、どんな武器をもって君の足を止めようとするか分かるだろう。そして、敵にどんな弱点があるのかも分かるだろう。
そして、己の素質を見極めることも怠ってはならない。警察学校を出る時に、君の周りを見回してみて「こいつらチョロいな」と思ったら、君は大泥棒の素質ありだ。泥棒になって、大いに盗みをはたらきなさい。
でも、その時になって、とても彼らには適うまいと思うなら、君は泥棒に向いていない。諦めて、そのまま警察官になりなさい。
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