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熊雄(連載⑮完)
その後、熊雄と八重は結婚した。
八重は全身毛だらけの熊雄に対して不安はあったが、見た目より熊雄の性格の良さを選んだのである。周りからは、「八重、後悔するぞ」「やめろ」など様々な批判があったけれども、この人と一緒になると決意した八重であった。
八重が熊雄との結婚をすることについて、名寄にいる八重の両親は複雑な心境であった。八重が帰省した折、母親から熊雄のことについて、種々聞かれた。父親はストーブの前の定位置にドカッと座り、二人のやり取りを聞いていた。そして、
「かあさん、いいんでないべか」と八重の父親が許してくれたのである。八重は小躍りした。
「父さん、ありがとう」と八重は涙ぐみ乍ら、父親に礼を言った。
結婚式は、旭山市内のレストランだった。昭和四十八年の秋であった。熊雄二十歳、八重も二十歳と同じ年だった。熊雄の両親の達雄とヨシは、太平洋に面した岬の集落から、ポンコツ軽トラックで駆け付けた。二人とも殊の外、嬉しそうであった。
「熊雄、八重さんを大事にするんだぞ」と父の達雄は熊雄の肩をポンと叩いた。
「八重さん、ありがとう。熊雄を頼みます」と言ったきり、そのあとの言葉が出てこない達雄であった。じっとうれし涙を堪えていた。
ヨシは、八重に寄り添い、涙ぐんでいた。
八重の親族の間では、ヒグマのような熊雄の姿を見て、驚いて囁き合っている人たちもいた。
両家親族の紹介があり、結婚式・披露宴となった。朝日動物園は園長以下大勢の仲間が出席し、祝福をしてくれた。披露宴は大いに盛り上がった。
結婚後、熊雄の体に変化が現れだした。体中に生えていた体毛が徐々に抜け始めたのである。
熊雄が入った後に、八重が風呂場に入ると、湯船に数えきれないほどの毛が浮いていた。また排水口にも毛が沢山詰まっていた。それも毎回である。
熊雄も自分の体の変化に気づき始めた。それだけではなく、動物園にいる動物に話しかけても反応が薄れてきたのだった。そして・・。
とうとう一カ月ほどで、熊雄の体毛が全て抜け落ちたのである。動物たちとの会話も完全にできなくなった。熊雄はやっと一般の男性に戻ってしまった。
熊雄のもの悲しそうな表情をみた八重が熊雄に話した。
「あなた、動物と会話ができなくなったけど、いま以上に動物達に愛情をかけて、この動物園を盛り上げていこうよ」
その言葉を聞いた熊雄は、にっこりと微笑んだ。
了