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短篇小説 晩景の花火(20)

 ある日、裕は東郷不動産の顧問弁護士の佐藤に相談した。
「佐藤さん、実は以前話したと思うが、自分には二人の妹がいてね。僕は夜間の高校を卒業してすぐ東京に出てきた。その後の妹たちの消息がつかめなくてね。誰に相談したらいいだろうか」
「僕に相談されてもね、僕は法律全般だしね。そうだ東郷さん、僕の知り合いに、お茶の水で小さな探偵事務所をやっているのがいてね。紹介しようか?」と弁護士の佐藤が言った。
「ぜひ紹介してよ」
「判った。携帯に出るかな?」と言いながらその場で電話を掛けた。
「おうつばめか、ご無沙汰。実は君のところに相談したいという人がいてね。僕が顧問をしている不動産会社の社長さんだ。一度彼から連絡をしてもらうよ。名前は東郷裕さん。社長にお前の携帯番号を伝えておくよ。じゃな、頼むよ。ところで忙しいのか? え? 暇、それは良くないな。かんむり君は? え? 小樽? 遊びか? そうじゃない? いずれにせよ、お願いね」と言って電話を切った。
「社長、今暇らしいから、相談に乗るそうだよ。明日にでも連絡入れて。電話番号は…」
 
 
 東京は、その年の夏も蒸し暑い日が続いていた。
 ある日の夕刻、御茶ノ水駅聖橋口を出た通りを赤色のポロシャツを着た男が歩いていた。
 ゴルフウェア用のブラックパンツをはき、身長一八〇センチはあろうか、屈強な体躯である。ナイキ製のダウンシフターを履いている。四十歳は優に超えた年代だろう。醤油顔で躰に似合わず小顔である。眼は一重で眼光が鋭い。
 その時刻でもまだ太陽は沈んではいない。強い西日が容赦なく注いでいる。少し風がある。しかし、涼を求める風ではない。いっそ吹かないほうがいい。
 男は楽器店街を抜けて横断歩道を渡り、ポリスボックスがある通りの神田駿河台寄りのビルに入った。そしてエレベーターで三階にあがった。
 その一室のドアの横壁に『つばめ探偵事務所』というプラスチック製の小さなプレートが掲げてある。
 男がズボンのポケットから鍵を取り出し、その部屋に入った。中にはもう一人の男がいた。
「相変わらず蒸すね」ソファに座りながら冠が言う。彼ら以外に人はいない。広さ二〇平米ほどの小さな部屋の窓際に机が二つあり、手前に応接セットが置いてある。壁にはその部屋には不釣り合いな二十号ほどの風景画が描かれた額が掛けてある。
 その赤いポロシャツの男の名を、冠貞夫という。事務所に居た男の名を燕好雄という。一応、ここの代表は燕だが、二人は以前同じ探偵事務所で働いていた。燕が独立するとき冠に声を掛け、二人で始めた事務所である。開所して既に五年が経つ。
 燕の身なりもラフだ。年恰好は冠とそう変わらない。身長一六五センチほど、丸顔の少々太った体躯で腹だけが出ている。僕は不規則な生活をしていますと周りにアピールしているようだ。燕が冠よりも二歳年上である。
「燕さん、何か依頼の電話はあったかね」
「そうそう、午前中に佐藤弁護士から連絡が入った」
「どういう内容だった?」
「それが、原宿の不動産会社の社長さんからで、身内を探し出してほしいらしい…」と、燕が冠にお願いするような仕草をした。
 

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