ゴメが啼くとき(連載5)
爺様の葬儀には、文江の実母のハナも参列した。
文江は二年ぶりに母に会えた。
「お前には苦労ばかりかけて申し訳ない...…。文江、大きくなったね」
その言葉を聞いたとき、文江は今までの苦労が溶け出すのを感じた。
佐藤家には、三人の子供たちがいた。上二人が女の子で、一番下が男の子である。
三人のうちの長女の性格がことのほか悪かった。文江よりも二つ年上だった。その長女の名前を登美子と言った。
その登美子が皆の見ていないところで文江を虐めるのであった。
少々のいじめには耐えることができたが、陰険な虐めなのだ。佐藤の爺様の葬儀の際、登美子が文江の傍に来て、
「文江、なにぼやっとしてるのよ!」
文江は爺様の死を受け入れることができず、深い悲しみに沈んでいたのだった。
「やることいっぱいあるのに! 早く手伝ったらどうなの。玄関の靴をそろえてよ」
文江は、訪問客が脱いだ靴を揃えていた。ふと目をあげるとそこに、奉公にいっていた目黒の坂本の奥様が立っていた。
「文江さん、元気そうだね」と、文江に労った言葉を掛けてくれた。
文江は、坂本の奥様に縋るような顔を見せたが、それは無駄なことだと感じた。まして実の母に甘えることさえも憚れた。それは、小さい時から母に甘えることを知らずに文江は育ったからだった。
文江は孤独だった。甘える人もいない。一人寂しく暮らしていくしかなかった。
葬儀が終わり、周りに人の気配がないことを確認して、
「かあさん、わち、どうして佐藤さんちで暮らさなければならないの」と文江は母のハナにすがるように訊ねた。
「文江、もう少し我慢して。あと一年我慢して。そしたら一緒に住もう」と言ってくれた。
文江は父母が離縁したことや、母親がいま大変なのだと肌で感じていた。
あと一年自分は耐えられるだろうか。母が一年待ってくれと言ってくれた。辛抱しなければ。登美子の底意地の悪い虐めから一時も早く解き放たれたかった。爺様が生きていたら・・と思う文江だった。
坂本家に行く前や登美子に虐められたとき、爺様が登美子を叱ってくれた。その爺様はもういない。だが、苦労しているのは私だけじゃない。
弟妹も親戚筋に預かれていると母のハナが言っていた。
もう少し我慢しようと、文江は唇を噛んだ。