短篇小説(連載)忘却の文治(9)
五十嵐刑事は、話を続けた。
「いま、その女性の身元の確認をしているところです。遺族が判った時点で、その遺族の承諾を得て、新潟大学の法医学者の手で、解剖するでしょう」
「時間がかかりそうですね」と文治が言うと、五十嵐刑事は、頷いた。そして言葉を繋いだ。
「ところで、最近連絡を取っていませんが、私の同期で警視庁にいる太田刑事のことを、木内さんは御存じありませんか?」と五十嵐刑事が文治に聞いた。
「そうそう、太田刑事のことは、良く知っていますよ。彼は確か捜査二課でしたね。特殊詐欺の対応で当時も連日走り廻っていたな。いまは、闇バイト事件で大変だろうね」
「そうでしたか。ここ佐渡ではあまり事件というものが無く、我々はある面、幸せかもしれませんね」と五十嵐は言って頭を下げた。文治がまた話し始めた。
「最近は、特殊詐欺事件が多く、警察の捜査も大変なようです。安易な儲け話は世の中にはないことを強く周知することが大事だね。
ひと昔前は、オレオレ詐欺とか振り込め詐欺が多かったが、最近は、著名人やメディアを騙る詐欺やSNS投資詐欺など奴らも時代に沿った悪知恵を働いているよね。コロナ禍になってからは、国際ロマンス詐欺や海外FX詐欺など、時代背景に敏感に乗っかった詐欺も出てきた。
ややっこしいのは、闇バイト事件だね。捕まった容疑者は『指示役から逃げたら殺すと言われ、強盗せざるを得なかった』という趣旨の供述をしているようだね。
いずれにせよ、物騒な世の中になったものだ。警察の捜査の方も忙しくなってきたね。市民の不安や安全のためにも頑張ってもらわなければ」と文治が言った。
五十嵐刑事は、文治の話が終わると、
「木内さん、ご協力ありがとうございました。いつまで佐渡におられますか?」と聞いた。
「そうですね。明日にでも‥‥」というと、五十嵐刑事と若い刑事は、規律正しく敬礼をし、ホテルのラウンジを出て行った。