【連載小説】憐情(15)
その別れは突然やってきた。
我が家の裏庭の狸の家では、雌の子狸がそろそろ独立する時期になっていた。親元から旅立ち、自分で餌を探し、生きていくのだ。
その年の晩秋、子狸が出立の朝が来た。
夕べは皆で送別会を盛大に催した。お袋は別れたくないと駄々を捏ねた。
子狸はお袋に「おばあさん、立派な家族を引き連れて遊びに来るからね」といって、お袋に抱きつき、肩を震わせていた。
お母さん狸は「これも持っていきなさい、体には気をつけるのよ、旦那は真面目な狸を見つけるのよ・・」など事細かな言葉を掛けていた。
お父さん狸は昨晩から無口になっていた。その朝、お袋はあえて明るく振舞っていた。そして、
「元気でね」とお袋が子狸に話した。
「おばあさん、長生きするのよ。うちの父母を宜しくお願いします」と言って、旅立ったのである。その後、火が消えたような静けさになってしまった。
その夜、お父さん狸とお母さん狸を呼んで一緒に食事をした。心なしか皆無口であった。
私は子狸がいまどの辺まで行っているだろうかと言った。するとお母さん狸が「あの子には私達の縄張りの外まで行き、そこで新しい生活をするのよと言ってあるわ」と言った。続けてお母さん狸は、
「私達狸の寿命は人間のそれに比べ非常に短いのよ。平均で七・八年でしょうか。十年以上長生きする狸もいるにはいますが、稀ですね。
生まれて一年もすると親元から子供は離れて独立しなければならないのよ。そのようにして私達狸は子孫を残し、生き残っていくのよ」と言った。
「君たちは家族の絆が非常に強いように感じられますが、どうしてですか」と私が聞いた。お母さん狸は、
「それは当たり前のことです。それが普通です。あなたの質問は私達の思考能力から逸脱した質問のようです」と答えたのである。
「それは失礼しました」と私はうなだれた。お袋は言った。
「いまの人間の社会が、そもそも異常なんだね」
みんなは頷いた。