【連載小説】憐情(13)
犬を飼っているお宅のご主人は、最近、会社を定年で辞めて毎日犬を連れて散歩していた。
それも多いときで一日六回も散歩するのだ。いい加減飽きがこないものか。
昔から知っているご主人であったので、道端で会うときは、挨拶するのだが、捕まったら長い。
三十分でも一時間でも話すので、適当な区切りを見つけて切り上げないと、そのあとの私の予定が狂ってしまうのだ。
柴犬二匹と秋田犬二匹それに土佐犬二匹飼っていた。グループ分けして散歩に出かけているようだ。
犬六匹の餌代だけでも大変だろうと、いらぬ心配をする私だった。
ある日、狸が前足を散歩中の土佐犬に噛まれた話をご主人から聞いた。
私は初めて聞くように装っていた。
ご主人は、夜三匹連れの狸に遭遇して大層驚いたとのこと。そのとき土佐犬二匹を連れていて、その一匹が突然狸を襲い、一匹の狸の前足に噛み付いたらしい。
狸達は傷ついた狸を担ぎ上げ、何処かへ去っていったと話してくれた。ご主人は非常に驚き興奮したらしいのだが、狸が可愛そうだとは一言も言わなかったので私は独り言のように、
「噛まれた狸はその後、大丈夫だったのですかね」と言ってやった。
ご主人は「たかが狸の分際で、のこのこ道を歩いていたから痛い目にあったんだ」と言ったので私は思わず、
「動物は狸であろうが犬であろうが命をもっているものには変わりない。命を大切に思わないことは、命をもっているものとして失格ですね」と言っててやった。
ご主人は、苦虫を噛み潰していた。それ以来、私と道で出会っても知らんふりで此方から挨拶しても私を無視して、相変わらず犬を連れ散歩していた。私は悲しかった。
人間的に幅のない、ちっぽけな人間だなあと思ったが、そういう人間が最近増えたような気がする。
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