ゴメが啼くとき(連載21)
その後、文江が自分の体に違和感を感じた。悪阻も酷かった。
子が授かったのだ。文江は鰊場を辞め、歌別の実家に戻った。
「かあさん、わたし、この子を産むことにした。勇さんと所帯を持つ」
母のハナは、その言葉に返事もしなかった。
子だくさんの世帯で唯一、長女の文江が働きに出て家計を助けてくれていた。その文江が所帯を持つ。
「かあさん、フンコツの佐藤さんちの近くに空いている土地があるから、そこに家を建てて住むことにした」
「そうかい。好きなようにしたらいいべさ」愛想のない素振りでハナが言った。
「かあさん、もう少しわたしたちのこと、所帯を持つことを、喜んでよ!」
「文江、新婚祝いはこれっぽっちも用意できないからね」
「いいよ、二人で何とかやっていくから」
ハナは文江が幌泉の鰊場で働きたいと話した時、気性の荒い漁師連中にもてあそばれることを危惧した。それであの時反対したのだった。しかし、今となっては、後の祭りだ。
ハナの本心は、お祝いに箪笥などの家財道具を揃えてやりたかったが、余裕がなかった。三度の飯を食べるだけで精一杯であった。自分の娘に何もできない自分に情けなかった。
娘の不憫さにハナは、人知れず涙を流したのだった。