短編小説「別杯」9
身の回りでこれといった事件もなく、時だけが過ぎて行った。
年末年始は退屈である。テレビではどこのチャンネルでも、お笑い番組が多く、ちっとも面白くない。
若い人達は、スマホゲームやら、任天堂のゲームをテレビに繋ぎはしゃいでいる。しかし、我々三人組はそういった類には縁がない。というか、操作不能である。時代の移ろいが、その時々の楽しみ方に変化をもたらすようだ。
三が日も終わり、久々に三人が喫茶店に集まることにした。『ぶらぶら歩こう』をいつから再開するかの打ち合わせである。三人とも去年より、多少体つきが大きくなったようだ。お互い「太ったね」と言い合った。ひと通り世間話が出尽くしたころ榎さんがこう言った。
「お二人さん、奥さんを大事にしているかね」
私と蛭間さんは、怪訝そうな顔を榎さんに向け、「え?」と素っ頓狂な声を発した。榎さんが言うには、昨年末、介護疲れで奥さんが旦那を殺した事件を取り上げた。
事件の内容は、こうだ。
東京都渋谷区在住の女性(七十)が、自宅で介護している夫(六十九)をペットボトルで殴り、死亡させた事件。警視庁代々木署は、昨年十二月十三日、東京都渋谷区内の職業不詳○田○子容疑者を傷害容疑で逮捕した。「介護の疲れが溜まっていてカッとなって、水が半分ほど入っている二リットル入りのペットボトルで夫の顔、背中を数回殴り、顔面打撲や肋骨骨折などのけがをさせて、夫は病院に搬送されたが、その後死亡が確認されたという。
榎さんは、その記事を読み、僕は大丈夫だろうか、と不安になったという。それを聞いた蛭間さんの顔色が変わった。私と榎さんが同時に蛭間さんを見つめた。
蛭間さんは「僕は大丈夫かな」と不安を募らせたのである。以前、蛭間さんが不祥事をしでかしてから、やけに大人しい。
今はまだ三人とも元気だが、徐々に動けなくなってしまう。そのためにも、健康を保つことが重要課題なのだ。ウォーキングをいつから始めようかと、真剣に話し始めたのであった。
ただ、その話し合いの中で、見逃していたのがタンパク質の摂取であった。誰が決めたかしらないが、朝食で概ね十グラムのタンパク質を取り入れるのが理想とのことらしい。
私は「無理だ」と音を上げてしまった。