見出し画像

イカサマ #4(6話完結)

初陣

ふくの初陣は料理茶屋の二階の広間だった。
客の顔ぶれは職人や商人が多く、想像していたような無頼漢ぶらいかんの巣窟でなかったことに正直にいえば肩透かしを食った。
それでもふくは目立たぬよう静かに座り、壺振りの手元をそれとなく伺い、半なら一回、丁なら二回、助蔵の腕に触れ合図とした。
賽子の目は毎度ふくの見立てどおりだったが、助蔵は間々外した。
客が増えるにつれ熱気も盆ござの上の駒札も膨れ上がり、その頃合いで助蔵も元手に少し上乗せした分を取り返した。
「勝ち続けると目をつけられちまうからな」
ふくの力量を試すにはじゅうぶんな時間を過ごしてから階下へ降りた助蔵はつぶやいた。
一階に客はほとんどおらず、助蔵もまた「腹が減ったな」と言いながら店を出た。
向かったのは屋台の蕎麦屋だ。
ふくは心のうちで喜んだ。蕎麦が、屋台が好きなのだ。
蕎麦といえば手繰たぐるものだが、こちらのは箸よりもはるかに太く短く、ふくは大口を開けてかぶりついた。醤油をなめているような濃い出汁に最初こそむせたが、残そうとは思わなかった。
「どこで丁半を覚えた?」
二杯目を待つ助蔵が尋ねた。
もぐもぐと咀嚼そしゃくしながら、ふくは返事を思案した。
「幼馴染が、こんな遊びがあると教えてくれました。丁半やチョボ一などひと通り」
幼馴染はのちに許嫁となったが、それは言わなかった。
「最初から賽子の目が当てられたのか?」
「はい。壺など使わずとも他人が転がした賽子の出目が、目を閉じていても分かりました」
「才というより奇妙な力よな。あやかしでも憑いているような」
「もしかしたら、そうかもしれません」

——すごい才だが、ふくを危険な目に遭わせるかもしれない。人前で披露してはいけないよ。
四歳上の許嫁、利三郎りさぶろうはそう言ってふくを諭した。

「体に障りはないのか?」
「ありません」
助蔵は景気良く三杯のそばを食べ終えて、次の賭場の日時や場所をひと息に話し「これにて」と切り上げ帰っていった。
意外だった。自分でも憑き物を疑ったことはあるが、体の心配をしたことはなかった。助蔵にそんな繊細さがあったことに少なからず驚いていた。
たしかに取り憑かれていれば、寝ついたり、食欲が失せたり、乱心したりすると聞く。ふくには思い当たらないが、もしかしてそばにいた人を変えてしまったのだろうか。
ふくのせいで利三郎は博打に取り憑かれたのだろうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?