パワハラを理由とする懲戒処分と配転命令の有効性
ちふれホールディングス事件(東京地判令和5年1月30日[令和4年(ワ)第1285号])
(事案の内容)
労働者Xが部下であるA1及びA2に対してパワハラを行ったことを理由に、会社Yが懲戒処分(けん責処分)及び社長室への配転命令を行ったことは、有効と判断された事案
【争点】
①職種限定合意の成否
②就業規則上のパワハラ該当性
③懲戒処分の合理的理由と社会通念上の相当性の有無
④配転命令の業務上の必要性の有無
(経緯)
⑴ 労働者X(以下「X」という。)は、平成24年8月3日頃、会社Y(以下「Y社」という。)との間で、所属及び職務を「経営企画部 中国市場担当課 副課長」とする雇用契約を締結し、けん責処分当時には、アジア市場課に所属していた。
XがY社に入社するに当たり、ヘッドハンティング会社から、Y社が中国事業を強化すべく「海外販売部」の部長を探しており、一度相談させていただきたいとのメールを受信した。
⑵ Y社は、Xの部下A1及びA2に対するそれぞれ次の行為がパワハラに該当することを理由として、令和2年10月12日に懲戒処分としてけん責処分、同年11月にアジア市場課から社長室付けSDGs担当部署への配転命令を行った。なお、けん責処分を実施するに当たり、Y社は令和2年9月29日、10月1日及び2日に、Xに対し事情聴取を行った。
① A1に対する行為
・平成30年8月、Y社の商品サンプルをタイで配布するイベントを実施する際に、A1が手数料の前払いや商品サンプルの手配をしていなかったことから、30分程度宿泊先ホテルのロビーで口頭注意を行った。
・A1は、Xと親密な関係にあり、業務上の事柄に加え、私的な事柄もLINEメッセージ等にて連絡を取り合っていたが、平成30年5月頃から、Xに対して疎遠な態度をとるようになった。これに対しXは、A1に、LINEにて「経緯を正直に話してください。」などと複数のメッセージを送った。
同年8月、タイ出張からの帰国後に、A1が別の上司Bに、Xの指導態様を相談し、これを受けてBがXに経緯を尋ねたところ、Xは、A1に対し「何かあったら私に情報を入れてください。」「何か聞かれたんですか?」「僕は質問してるんです。」「いえいえ、何か聞かれたんですか?」などと、A1が答えないことについて執拗に連絡を行った。
②A2に対する行為
・Xは、アジア事業本部長Cに対し、A2や社長DがCcに含まれる電子メールにおいて、「A2さんの言動には目に余るものを感じております」と記載し送信した。
【裁判所の判断】
1 けん責処分の有効性
⑴ A2に対する行為について
「A2さんの言動にも目に余るものを感じております」との文言は、Xの部下であったA2の言動について客観的な事実を指摘することなく、感情的にA2を叱責する印象を与えるものであり、A2以外の者を宛先やCcに入れて送信されたものであって、業務上必要かつ相当な範囲を超えてA2を叱責するものであった。
また、Xとしては、A2や本部長Cとの間で個別に指導や相談を行うことで足り、A2以外の者を宛先やCcに入れて電子メールを送信することが、業務上必要かつ相当であったとはいい難い。
そのため、Y社就業規則上の懲戒事由に該当する。
⑵ A1に対する行為
タイ出張中の注意は、イベントの実施に際してA1に不手際があったことを発端にするものであり、必要性は直ちに否定し難いことに加え、注意を継続した時間やXの発言内容等を認めるに足りる客観的証拠がなく、Xが不適切な発言をした事実は認められず、Y社の懲戒事由に該当すると直ちに評価することはできない。
LINEメッセージの送信について、平成30年6月のやり取りに関しては、もともとA1はXと親密な関係にあり、業務上の事柄に限らず、私的な事柄も含めて連絡を取り合っていたもので、Xに対し疎遠な態度をとるようになったのも同年5月頃であることに照らすと、直ちにA1の私的領域に踏み込むようなもので、懲戒事由に該当すると評価することはできない。
もっとも、平成30年8月頃のやり取りに関しては、A1とBとの面談内容がXの指導態様であり、Xに開示されるべきものでなく、Xとの関係では、A1の私的領域に含まれる事項であったところ、A1が他の者から受けた発言内容を上司であったXに報告すべき旨主張して、面談内容を複数回にわたって聞き出そうとしたものであり、上司としての地位を利用して、A1の私的領域に踏み込むものであった。
したがって、平成30年8月頃にXが当該メッセージを送信したことは、Y社就業規則の懲戒事由に当たる。
⑶ 手続き違反の有無
Y社は、Xに対し3回の事情聴取を実施した上でされたものであって、Xに弁明の機会を与えることなくされたものであるとはいえない。
その他、けん責処分に手続違反は認められず、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上不相当であるとは認められないから、無効であるとはいえない。
2 職種限定行為の成否
XがY社から交付された採用内定通知書には、所属先及び職務内容を「経営企画部 中国市場担当課 副課長」とする旨記載されているのみで、Xの所属先及び職務内容を何らかの海外事業を担当する部署や職務に限定する旨は記載されていない。また、同通知書には「本通知書に記載なき事項は、当社就業規則に従います。」と記載され、これを受けたY社の就業規則においては、Y社が業務の都合により従業員に対して人事上の異動を命ずることがあり、人事異動を命ぜられたものは原則これを拒むことができないと定められている。これらの事情も併せ考慮すると、Xの所属先及び職務内容を何らかの海外事業を担当する部署や職務に限定することについて、XとY社との間で合意が成立していたとは認め難い。
3 配転命令の有効性
使用者の配転命令権は、無制約に行使することができるものではなく、濫用することの許されないことはいうまでもないところ、当該配転命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該配転命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである等、特段の事情の存する場合でない限りは、権利の濫用になるものではない。
そして、業務上の必要性についても、当該配転先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性を肯定すべきである。
(中略)
XがA1及びA2に対しパワハラとも評価し得る行為を行ったことからも、企業の合理的運営に寄与するとの点からは、Xを他の部署に配転する業務上の必要性があったものということができ、Y社に他の不当な動機・目的があったものと認められないとして、その他の事情を踏まえて配転命令が有効と判断した。
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