【小説】二人、江戸を翔ける! 7話目:荒覇馬儀①
■あらすじ
ある朝出会ったのをきっかけに、茶髪の少女・凛を助けることになった隻眼の浪人・藤兵衛。そして、どういう流れか凛は藤兵衛の助手かつ上役になってしまう。今回は、ある謎の組織が絡むお話です。
■この話の主要人物
藤兵衛:主人公。隻眼の浪人で、傘張り仕事を生業としている。
凛:茶髪の豪快&怪力娘。『いろは』の従業員兼傘張り仕事の上役、兼裏稼業の助手。
ひさ子:藤兵衛とは古い知り合いのミステリアスな美女。
■本文
明けの六つ頃(約午前六時)。茶髪の少女・凛は、いつものように藤兵衛の住む裏長屋・土左衛門店に向かっていた。
先日は藤兵衛の正体、かつて江戸の町を震え上がらせた盗賊『白光鬼』であったことがバレた時は冷や汗ものだったが、無事にことが収まり、凛の気持ちは今朝の空のようにすっきり快晴であった。
もはや朝一の日課となった藤兵衛の目覚めを促そうと、部屋の引き戸に手をかけ、勢いよく開けようとしたところで、ふとある事に思い至りそろそろと開ける。
凛の怪力で目一杯引くと、引き戸が壊れてその度に藤兵衛が修理する羽目になり、小言を言われたことを思い出したのだ。
静かに開けてぴょんと中に飛び入り、元気な声で起こそうとした、のだが・・・
「おっはよ! 藤兵衛さん! 今日はいい天気・・・ いぃ!?」
凛は二の句が継げずに固まってしまった。というのも、藤兵衛の隣にしどけない姿の女性が寝ていたのだ。
(お・・・落ち着くのよ、凛。たしかこの展開は前にもあったはず。あの時は・・・ そう、あのひさ子とかいう女のイタズラだったわね)
それは藤兵衛の昔の知り合いであるひさ子という女性が、イタズラで半裸で忍び込んだ事件だった。(第四話参照)
思い出した凛は自分を落ち着かせようと、大きく深呼吸する。すると、気分が幾分落ち着いてきた。
(ふ。以前の私とは違うのだよ、以前の私とは)
自分の成長ぶりを確かめ、改めて隣の女性をよ~く観察すると、案の定ひさ子であった。
(やっぱり! っていうか、なんで裸なのよ!)
予想通りではあったが、やはりムカムカしたものが腹の底からこみ上げてくる。そこで再び深呼吸をし、どう対処しようかと思案を始めたその瞬間であった。
「う、う~~~ん」
なんということでしょう!
藤兵衛が寝返りを打ち、ひさ子の胸を掴んだではありませんか! しかもダイレクトに!
この瞬間、成長したはずの凛は我慢の限界をあっさり超えた。
「起きんか、このやろ~~~~~!! (怒)」
「ぎえええ~~~~~!!」
こうして藤兵衛は、またしても起き抜けに凛の『超苦須理伊覇亜』を食らうという清々しい朝を迎えたのでした。
凛の怒りが収まった後、あの時と同じように三人で食卓を囲む。凛がチラ見すると、ひさ子はまるで見せつけるかのように藤兵衛に迫っていた。
「もう、藤ったら。揉みたいなら、いつでも言ってくれればいいのに♡」
「だから、あれは不可抗力だって言ってるだろ!」
ひさ子はしなを作って藤兵衛に寄りかかるが、藤兵衛は体を斜めに傾けてかわす。
だが、凛にとってはたとえ不可抗力だろうと、揉んだことは事実であった。藤兵衛をぎろりと一睨みすると、藤兵衛は慌てて目線をそらす。
「ふん!」
凛は聞こえるようにわざと声に出すと、今度はひさ子につっかかった。
「で? ひさ子さん、今日は何の用で来たんですか?」
(あの時撃ち落とした恨み、忘れてないわよ)
つっけんどんな言い方をして、目で恨みを訴える。しかし、ひさ子は、
「あの時はごめんね、お陰さまで仕事は無事成功したわ。今日来たのは、暫く江戸に落ち着くことにしたんで、挨拶に来たのよ」
「ぶっ!」
「え“!?」
平然と言い抜けるばかりか爆弾発言までしたので、藤兵衛はご飯を吹き出し、凛は驚きのあまり固まってしまった。
「あら、そんなに驚くこと? 私がどこに住もうが勝手じゃない」
「そ、それはその通りですが・・・ え、江戸のどこに?」
凛はドギマギしながら尋ねる。重要なことは、ここから近いかどうかだった。
「え~っとね・・・ 確か、店の名前は『真斗店』、だったと思うわ」
聞いた瞬間、藤兵衛も凛も箸をカランと落としてしまった。真斗店とはここ土左衛門店の隣の隣、つまり『ご近所さん』だった。
「「え、ええ“~~~~~!!」」
一拍置いた後、藤兵衛と凛は二人そろって絶叫したのだった。
「そういう訳だから、これからよろしくね。あ、気が向いたらいつでも夜這いに来てね♡ 藤」
またしてもしなを作ると、固まっている藤兵衛に寄りかかる。
「ちょ、ちょっとちょっと、離れなさいよ! 藤兵衛さんが嫌がっているでしょ! で、でも仕事とかどうするんですか? 何か伝手でもあるんですか?」
ハッと我に返った藤兵衛は、慌ててひさ子から離れた。
「生活費の方なら大丈夫よ。早速、お梅様から『また』お仕事を頂いたから。ついでに言えば、私、泥棒稼業がメインなのよね。だからお金が必要になったら忍び込めばいいだけ」
「え、ええ! ひさ子さん、ど、泥棒だったの!? そ、それにまたって、前も仕事もらったみたいな言い方してますけど、一体お梅さんとどういう関係なんですか!?」
ここでひさ子は、口をすべらせたことに気付いた。
(あ、やば・・・ この娘、なかなか耳聡いわね。・・・まぁ、言ってもいっか)
「あなた、お梅様って、昔何をやっていたかご存じ?」
「え? い、いえ、全然・・・」
急に真顔で問われ、凛はたじろいだ。
「じゃあ、『暁の蝶』って聞いたことはある?」
「あ、それは知ってます。 ・・・たしか、私が生まれるずっと前に江戸の町を騒がせた伝説の泥棒、でしたっけ? 神出鬼没で結局捕まえられなかった、ていう」
「それ、お梅様よ」
「は?」
凛は一瞬、ひさ子の言っていることが理解できなかった。
「は? じゃなくて。お梅様は昔、『暁の蝶』って呼ばれた伝説の人なのよ」
「「・・・え、えええ“~~~~~~~~~~!!!」」
衝撃の事実に、凛だけでなく藤兵衛も驚きの声を上げた。
「って何? 藤も知らなかったの?」
「ぜ、全然知らなかった。えらい手広くやってる婆さんだな、と思っていたぐらいで」
「あっきれた。それぐらいの人じゃなきゃ、あんな風に裏稼業の差配なんて出来る訳ないでしょ。偉大な先輩なんだから、もっと敬いなさい」
凛はかなり驚いたものの、お梅婆さんの発するオーラや謎の多さなど、腑に落ちる事がたくさんあった。
「ということで、お梅様とは言ってみれば先輩後輩の仲ってところかしら」
ここでひさ子は味噌汁に口をつけ、満足げにうなずく。
「まぁ、今回はまず私に声が掛かったけど、いずれあなた達にも声が掛かると思うわ。・・・結構、厄介そうな案件だから、ね」
「そうなのか?」
「ええ。それに、あなた達にとっても、全くの無関係って訳じゃなさそうよ?」
「「??」」
ひさ子の思わせぶりな言葉に、二人はちんぷんかんぷんであったが、
「ま、その話は置いといて。まずは朝ご飯食べましょ」
そんな二人の様子にはお構いなしとばかりに、ひさ子はおいしそうに朝ご飯を食べ始める。
(こ、これは・・・ 嵐の予感がするわ・・・)
凛の第六感が働くが、それはそれと自分も朝ご飯に箸を伸ばす。
一方、藤兵衛も目の前のご飯に集中したかったが、ひさ子がちょっかいを出してはその度に凛が注意を入れるので、落ち着いて食べることが出来なかったのであった。
つづく