【長編小説】二人、江戸を翔ける! 4話目:江戸城闖入記⑩(最後)
■あらすじ
ある朝出会ったのをきっかけに、茶髪の少女・凛を助けることになった隻眼の浪人・藤兵衛。そして、どういう流れか凛は藤兵衛の助手かつ上役になってしまう。これは、東京がまだ江戸と呼ばれた時代の、奇想天外な物語です。
■この話の主要人物
藤兵衛:主人公。隻眼の浪人で、傘張り仕事を生業としている。
凛:茶髪の豪快&怪力娘。『いろは』の従業員兼傘貼り仕事の上役、兼裏稼業の助手。
ひさ子:藤兵衛とは古い知り合いのミステリアスな美女。
■本文
無事に目的を達成した泥棒一行は、寝室を抜け出た後、城の天守閣に出た。後は、逃げ出すだけなのだが・・・
「ひさ子、頃合いじゃないのか? そろそろ周りも気付いたようだぞ?」
下では松明を持った侍が「あっちだこっちだ」と大勢で騒いでいる様子が、光の動きから見て取れた。
「そうね。じゃあ、そろそろお暇しましょうか。・・・あ、あなたも手伝ってね」
「え? 手伝うって・・・?」
「組み立てるのよ」
藤兵衛は抱えていた荷物を降ろすと、そこから木組みや布などを取り出す。そしてひさ子の指示の下、三人で組み立て始める。結果、グライダーのようなものが二機完成した。
「え、ま、まさか、これで・・・?」
「そ。『飛んで』逃げるのよ」
まさかとは思ったが、ひさ子に言われ凛は改めて驚く。凛には空を飛んで逃げる、という発想自体が無かった。
思わず藤兵衛を見ると、彼はこくりと頷く。
「驚いただろ? こいつにはこういう知識もあるんだよ」
「は~」
凛はさっきの薬と言い、ひさ子の多芸ぶりにただただ感心するばかりであった。
「あなたは藤と一緒に飛んでね。あ、持っていた残りの荷物は私が預かっておくわ」
そうして、ひさ子は手元の持ち手に荷物を括り付け、藤兵衛は凛をおんぶした状態でグライダーもどきを装着する。
「・・・じゃあ、同時にいくわよ、それっ!」
ひさ子の声に合わせ、藤兵衛も一緒に屋根を駆け下りていく。
(ひ、ひい~~~~)
凛は恐怖を感じ、藤兵衛を強く抱きしめる。
やがて屋根の終わりが近づくと、藤兵衛、ひさ子は思い切り跳躍をした。
「「それ!」」
跳躍した初めこそ多少は落下したが、グライダーもどきは風を受けて滑空を始めだす。凛も跳んだ瞬間は怖かったが、安定して飛ぶことがわかると爽快な気分が体を駆け巡っていった。
(ああ、気持ちい~~。 鳥ってこんな気持ちなのかな)
だが、そう感じたのも束の間だった。
藤兵衛&凛号は、徐々に飛行姿勢が不安定になりだす。
「ちょ、ちょっと、藤兵衛さん! 大丈夫なの!?」
「こ、こら、暴れるな! なんとか制御するから・・・」
言い合いをしていると、いつの間にかひさ子号が横につけていた。
「あららら・・・ やっぱ二人じゃ重すぎたかな」
「え、重すぎ?」
「・・・藤兵衛さん、なんで私を見るわけ?」
凛が藤兵衛を睨んでいると、ひさ子はおもむろに懐から吹き矢を取り出し、にっこりと笑みを浮かべた。
「・・・ごめんね、お二人さん」
「「え“、ま、まさか・・・」」
「その、まさか。足止め、よろしくね」
「「ちょ、ちょっと待って・・・」」
二人の言うことを無視し、ひさ子は容赦なく吹き矢をプッと吹いた。
バリイッ!
吹き矢は見事に藤兵衛&凛号の風当て部を突き抜けていった。
「げ・・・(汗)」
「え、え? これから、どうなる訳・・・?」
穴が開き、制御不能になった藤兵衛&凛号はくるくると回転しながら落ち始める。
「んぎゃ~~~~~~~~~~~~~~~!」
「ひ、ひさ子、このやろ~~~~~~~!!」
凛は絶叫し、藤兵衛は恨みの叫びを発しながら落ちていく。
その声は地上の侍たちも聞こえていた。
「おい! 上を見ろ!」
「あ、あれは何だ!?」
「鳥か? こんな時間に?」
皆が見上げると、藤兵衛&凛号がきれいな満月に重なって落ちてくる。
ひゅるるるるるる・・・
ドボーーーーーーーーーーン!
そのまま内堀へと突っ込んでいった。
盛大な音の後に大量の水しぶきが侍たちに降り注いでいく。
「うわっ! お、落ちたぞ!」
「おい、今の人がいたぞ!」
侍たちは口々に叫びながら、岸へと集まる。すると、水の上を人影が二つ浮かんでいるのが見えた。
「だ、大丈夫か、凛?」
「な、なんとか・・・(泣)」
激しく落ちはしたが、二人とも幸いケガはなかった。
もがきながらもグライダーもどきから脱し、泳いでなんとか岸へと這い上がる。しかし、這い上がった先では大勢の侍たちが待ち構えていた。
「おい・・・ もしかして」
「ああ、こいつら、侵入者だ」
「「「・・・捕まえろぉ!!」」」
正体に気付いた侍たちが、一斉に迫ってくる。
「や、やばい! 逃げるぞ、凛!」
「わ、わわわわ!」
休む間もなく、服が濡れたまま藤兵衛と凛は走って逃げだした。
「ひ、ひさ子め~~~~~!(怒)」
「あ、あの女~~~~~!(怒)」
こんな目に遭わせた、あの悪女を呪いながら・・・
一方のひさ子は、その様子を優雅に眺めていた。
「あらあら、いい具合に追いかけられてるわね~」
悪びれている様子など微塵も感じられない。
「それじゃあ、私はこの隙に退散させてもらうわ。じゃあね、おふたりさん、ばいば~い」
藤兵衛と凛には聞こえない挨拶をすると、ひさこ号は満月が輝く明るい夜空を優雅に翔けていった。
----------------------
暁の七つ半(午前五時ごろ)、土左衛門店の前をふらふらと歩いている二つの影があった。
その影は藤兵衛と凛で、二人とも疲れ果てた顔をしている。
ひさ子に落とされた後、侍たちに追い回され、やっと振り切ったと思ったらまたしてもお庭番衆の宗助とお華が現れ、それもなんとか振り切って日の出前にようやく江戸城を抜け出す事が出来たのだった。
「やっと着いた・・・ 大丈夫か? 凛?」
「もう・・・ 限界。お腹空いた・・・(泣)」
藤兵衛がふらつきながら部屋の戸を開けると、畳の上に何かが置いあった。
「うん?」
「なに、それ?」
よく見ると、それはひさ子からの文と布に包まれた小判であった。
藤兵衛は早速、文を開ける。
『今回はご苦労様。お代は置いておくから、また何かあったらお願いね。
そうそう、あなた以前と雰囲気が大分変わっていたから驚いたわ。
もちん、良い方にね。 ではまた。
ひさ子💋』
藤兵衛ならあの局面でも逃げ切れるだろうとわかっていた、そんな文面であった。
「あいつ・・・」
あんな目に遭ったにも関わらず、藤兵衛は思わず笑みがこぼれてしまう。
しかし、そうではない人がいた。凛は文をパッと取り上げると、
「ここのところは一体、な・ん・で・す・か・ね~~?」
と、『ひさ子』の下にある紅い口紅の跡、いわゆるキスマークを指さした。
「え? あ、これは多分、あいつのイタズラかと・・・ (汗)」
「やっぱ、そういう関係なんでしょ、あんたたちは~~!!」
藤兵衛は必死に弁明するが、凛は耳を貸してくれそうにない。
「んぎゃ~~~~~~~~!!」
こうして藤兵衛はあの朝と同じように、凛の『超苦須理伊覇亜』を食らうのであった。
尚、今回の騒動の後、江戸城では侵入者を取り逃したことを理由に綱紀粛正が行われ、侍たちの勤務態度は大幅に改善したのだった。また、あのお庭番衆は特にお叱りを受け、罰としてお城の雑用係を命じられたという。
一方、藤兵衛の書いた駄洒落『江戸はえ~ど~』は何故か将軍がいたく気に入り、それをきっかけに江戸城内では暫くの間、駄洒落が流行したのだそうな。
~江戸城闖入記・完~ 次話へとつづく