【短編小説】異世界:魔法使い(聖系)のもう一つの顔・下
■本文
「準備、出来ました」
私はクレッドに礼を言い、患者、ご主人の前に立ちます。
「ではご主人、こちらの薬をまずはお飲みください」
「こ、これ、ですか?」
やつれ顔のご主人はうろんな眼つきで、渡されたグラスを眺めます。まあ、この反応は普通ですね。どピンクのドロッドロの液体ですからね。躊躇して当然です。
「ええ、これは飛竜の精巣から抽出した超強力な精力剤でして、これを飲めばたちまちギンギンマックスに! ・・・コホン、失礼しました。お勃ちになられます」
いけませんね、つい興奮して地が出てしまいました。横を見ると、クレッドが渋い顔をしています。
「そう、ですか・・・」
尚もためらうご主人でしたが、隣にいたご婦人が『超強力精力剤』と聞いてくるものがあったのか、さっと奪い取りご主人に無理矢理飲ませました。
・・・どんだけ、気合入っているのでしょう。
ご主人が液体を飲み終わった後、私はご主人の胸の位置に手を当てて自分オリジナルの性魔法をかけます。あっちの病なので股間ではないのか? と思われる方もいますが、実は心臓に処置をするのがこういう病には効果的なのです。
「レーナ・クキオオ、レーナ・クキオオ。・・・神よ、迷える子羊に光を与えたまえ・・・」
効果にはまるで影響のない呪文をそれっぽく唱え終わると、ご主人の体が柔らかな光に包まれ、やがて消えていきました。見た目には変化はありませんが、これで大分回復したでしょう。
「では、効果確認のため、簡単なテストを行いますね」
「テスト、ですか?」
「ええ、非常に簡単なテストです。クレッド」
「はい」
クレッドが棚から厚紙の束を手に取り戻ってきます。
「これをご覧になってください」
「こ、これは・・・」
私が差し出したのは、女性が薄着で艶やかなポーズを取っている写真でした。この世界には『念写』という、目の前の画像を紙に映し出す特殊な魔法の使い手が存在するのです。
「はい、これをご覧になって、ぼっ・・・ ウホン! 症状が回復されたかどうか確認します」
「な、なるほど」
「あの、先生? 私以外の女性で試すというのは、いささか気分が・・・」
と、ここでご婦人の方からクレームが入ってきました。
「そこはご容赦ください。それに、男はいつでもどこでも誰とでもハッスルするようじゃなきゃ、ダメっしょ?」
「ま、まあ、確かに先生の仰る通りですね」
またしても地が出てしまいましたが、ご婦人は気にされた様子はありませんでした。・・・クレッドの視線が少~し痛いですが。
話がそれましたが、肝心のご主人の方は写真をパラパラとめくってはいましたが、息子の反応はありません。
「む・・・ これは」
ある一枚で一瞬ピクリと反応を見せましたが、治療完了と認められる程ではありませんでした。尚、その写真には裸にエプロン姿の女性が映っていましたが、それを横目で見ていたご婦人は急にメモを取り始めました。
まあ、趣味嗜好は人それぞれですから・・・
結局、ご主人の治療は終わっていないという判断に至りました。そこで私は、再度性魔法をかけます。前よりも、強力に。
「・・・ふう。これなら、どうでしょうか」
普通の人であれば狂い始めるレベルですが、ご主人の反応はやはり今一つでした。
「これでもダメですか・・・ もしかすると、精神的なものがあるかもしれません」
私の言葉をきっかけに、ご主人が重い口を開きました。
「実は・・・ 妻が、少し、怖くて・・・」
「え? ど、どういう意味ですの? あなた?」
聞き捨てならないとばかりに、ご婦人が問い詰めます。
「だ、だって、ライちゃん、あの時になると目が異様に血走るし、まるで獣のように襲い掛かってくるから・・・」
「そ、そんな・・・! だって、あなた言ったじゃないですか!? 『グレートバッファローのように迫る君は素敵だ』って! それに、私が恥を忍んでちょっと性欲が強いかもって言ったら、『いいんだよ。君の思う通りにすればいい。君がグレートバッファローなら、僕はキングバッファローになる!』って、おっしゃったではありませんか!」
例えがよくわからないですが、ご婦人は相当な強者であることが伺い知れました。
「も、物には限度ってものが・・・」
ご主人がもごもごと口答えをしたのが気に障ったのか、ご婦人が立ち上がります。
「クラタの馬鹿! 何よ! 人のせいにして!」
その言葉を皮切りに、次々とののしり始めます。
「クラタのいくじなし! もう知らない! そうやって、ずっと一人でうじうじしていればいいのよ!」
「そうよ、そうよ! このふにゃ●ん野郎!」
「ね、姉さん。悪乗りしないで下さい!」
私がご婦人の援護をすると、クレッドに注意をされました。だって、面白そうだったので、つい。さて、涙を浮かべたご婦人を見たご主人、クラタ様は私たちの言葉が効いたのか思いつめた顔をし、
「ライチ・・・ そんな顔をしないでくれ。・・・僕が悪かったよ、僕、やってみせるから!!」
と、私の方を振り向きます。
「先生! いっちばん強力なやつを、僕にかまして下さい!」
「え? あ、ああ、わかりました」
クラタ様の形相に気圧された私は、まだ開発中であった超強力な性魔法を処方しました。すると・・・
なんと、写真も見ていないのにご主人の股間が『怒髪天をつく』かのように膨らんだではありませんか!
「クラタ・・・ クラタが勃った~! やったわ、クラタが勃った~! ものの見事に、そそり勃ったわ~~!」
ご婦人、ライチ様は余程嬉しかったのか、涙を流しながら貴族にあるまじき言葉を連呼していました。
「それでは先生、ありがとうございました! お代は後で家の者が支払いに来ますので! 今は、一刻を争いますのでこれで失礼します!」
ライチ様はよっぽど待ちかねていたのでしょう。お礼を言うや、クラタ様を引きずるようにまさしくすっ飛んでいくように帰っていきました。
ご夫婦が帰られた後、嵐が過ぎ去った後のように部屋には静寂が訪れます。
「ふい~、凄かったわね~、あの女の人」
気が抜けた私が椅子に腰かけ、お茶をぐいっと飲むとクレッドが、
「そういえば、姉さん。あの人、何もしないで勃ちましたよね? ・・・ちゃんと、おさまるんですよね?」
と、気にかかったことを尋ねてきました。
「・・・わかんない。人には初めて使ったし」
「わからないって・・・ この後、どうするんですか?」
クレッドが心配そうな顔付きをするので私は少し考えますが、まったく見当がつきません。
「・・・まあ、不都合はないからいいでしょ。さっ、それより次の予約よ、クレッド!」
「・・・ごまかしましたね」
後は二人の問題だから、と私は頭を切り替え、次なるあっちでお悩みの方を呼ぶのでした。
おわり