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【小説】二人、江戸を翔ける! 8話目:馬よりも速く⑤(最後)

■本文
「ちくしょ~~~! 今度会ったら、文句を言ってやる~~!!」

お梅婆さんにまんまと乗せられ、藤兵衛はとなって逃げ続けていた。
だが、体力には限界というものがある。追手、特に馬に乗った者たちが次第に距離を詰めてくる。

「く、くそ! こうなったら!」

ここで藤兵衛は道を外れ、柵を飛び越えて狭い道に入った。すると、追手は馬から降り、後方にいる徒歩かち勢と離れた状態で追いかけてくる。

(よし、あの数ならいける!)

藤兵衛はくるりと反転し、先行した数名を挟み箱でぶん殴る。その後はまた逃げ、ばらけたところをまた反転して数名倒すというヒット&アウェイ作戦に出た。

だが、敵もただやられるだけではなかった。中には腕の立つ者もおり、斬りかかる者がいた。

「でぇい!」

掛け声とともに向こうが振り下ろした刀を、つい体が反応して挟み箱の柄で防ごうとする。

(まずい! 柄ごと斬られる!)

一瞬あせったが、ガチン! となぜか刀が途中で止まった。

「え!?」

何が起きたか一瞬わからなかったが、助かったとほっとし、相手を吹き飛ばす。その後、挟み箱をよく観察すると、柄に鉄棒が仕込まれていることに気付いた。

(どうりで重いと思ったら・・・ ってことは、最初からこうなると踏んでたのか!)

そうして走吏屋の主人も、お梅婆さんとグルであったことがわかった。

(な、なんだか・・・ 無性に腹が立ってきた!)

上手く利用されたことに対して、腹の底から怒りが湧いてきた藤兵衛は、この後火事場の馬鹿力を発揮し、なんとかその場を切り抜けたのだった。

「うお~~~~! ちくしょ~~~~!!」

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 それから一刻いっこく後(約二時間後)。藤兵衛はふらふらになりながら、目的地である高近藩大名屋敷に辿り着いた。

「こ、これを・・・」

震える手で、預かった手紙を門番へと差し出す。

「ああ、これならさっき受け取りましたよ」

「え?」

与太郎のことだと気づいた藤兵衛。

(すると、これは?)

と思ったら、

「なので、もう間に合ってます。どうぞ、お引き取りを」

無情の宣告を突きつけられ、藤兵衛の意識は遠のいていった。

「そ、そん、な・・・」

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「う~ん、う“~~ん」

 翌日、藤兵衛は熱が出て、自分の部屋で寝込んでいた。
重い挟み箱を持って走り回り、かつ大立ち回りまでこなしたせいで、体が限界を超えたのだった。おまけに、門番からのあの非情の一言が、トドメの一撃になったのだった。

うなされているところへ、ひさ子が訪ねてきた。

「あら、藤、寝込んでるの? 珍しいわね。ところで、さっきこんな瓦版が出ていたわよ」

そう言って、手に持った瓦版を藤兵衛の枕元に置いた。

「か、瓦版?」

寝たまま、瓦版を手に取る。

『高近藩でのお家騒動、ついに決着!』

そんな見出しで始まる瓦版には、次のような内容が書かれていた。

長年、高近藩を牛耳っていた我目がめつい派が擁立していた藩主が前藩主の本当の息子ではなく、別に本物の息子が見つかったこと。証拠として出てきた前藩主の書状が決め手となり、我目槌派は一夜で失脚となったこと。

そして、証拠を隠滅すべく差し向けた追手は、謎の飛脚に倒されたことなどが絵付きで紹介され、隅の方には『真実屋』の判が押されてあった。

これで藤兵衛は、自分が運ばされたものの正体に気付いた。同時に、これを完遂させるために、あの婆さんは自分を飛脚屋に誘ったのだと悟った。与太郎が運んだ方が本物の書状で、自分はハナから囮にするつもりだったのだ、と。

「なんとなくは感じていたけど・・・ でも、本当だとわかると、やっぱりムカつく!」

藤兵衛は思わず声を大にして叫んだ。

「? 何それ?」

ひさ子は、訳がわからないという顔をした。

とそこへ、

「おう! 藤兵衛、いるかい!?」

威勢の良い声と共に現れたのは、与太郎であった。

「お、元気そうじゃねえか。あの数に追われても無事だったってのは、梅婆の言う通り大した奴だな! 今度あったら、また頼むぜ!」

「嫌です」

あんな目に遭うのは二度と御免だと、藤兵衛は即座に断りを入れる。

「ああ、そういうことね」

ここでひさ子も、あの瓦版を手にとって、何があったのかわかったようだった。

食い下がる与太郎と押し問答をしている所へ、がひょこっと顔を見せる。

「まあまあ、そんなこと言わずに。飛脚屋って、実入りが良いんだから」

そうして藤兵衛をよそに、凛は算盤そろばんを取り出して与太郎と交渉を始める。

「これでどうですか?」

「う~ん・・・ ちょいと、高過ぎねえか?」

「こらこら! お前はいつから宰領屋になったんだ!」

勝手に話を進めるので、藤兵衛は慌てて止めに入った。

「でも、藤兵衛さん、そうしたら生活どうするのよ? 当面、傘張りの仕事はなさそうだし」

「う!」

それを言われると、つらかった。

「そうだぜ、藤兵衛。無職はいけねえな、無職は」

「うう“!!」

与太郎からも言われてしまった。

がっくりと肩を落としたのを了承と見てとったのか、二人は交渉を再開する。

(ああ、早く傘張りの仕事に戻りたい・・・)

藤兵衛は天井を見上げ、心の底から願うのであった。

~馬よりも速く・完~ 次話へとつづく

↓このお話の第一話です。


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