小川洋子さん『巨人の接待』(『約束された移動』より)
(あらすじ)
作家である巨人はバルカン半島の地域語しか話さない。
巨人の庭には広い鳥小屋があり、百羽十五種類の小鳥を飼っている。
通訳は巨人研究のW先生の予定だったが食中毒で入院のため、急遽私がすることになった。
また巨人の秘書のダニエルも生牡蠣にあたり来られなくなった。
飼ってる鳥の羽とともに巨人は来た。
空港で巨人を出迎えた時の巨人の言葉は喉仏が上下し口がもごもごするだけで息が漏れるようなものだったので、とっさに
「この度はお招きいただき、ありがとうございます」
と出まかせを言い、通訳の禁を犯してしまう。
しかし、ホテルに着くと巨人ははっきりとした言葉で花を飾りたいと言う。
その後の過密スケジュールにおいても巨人の声はとても小さく、話し出すまでにも多くの沈黙がある。
人々は巨人から言葉以上のものを受け散る。
サイン会での巨人の字は初めて字を書くような慎重さで一つひとつをいびつに書く。
巨人のもごもご言う言葉に対して、私は推理によって適切に通訳する。
巨人は愛情深い両親のもとに生まれ育った。巨人に本を与えたのは母親。
巨人が最も気に入った本は分厚い地域語の本。
巨人の母は巨人の筆頭に七人に子どもを産んだ。巨人の双子の弟は死産だった。
巨人は弟や妹たちに話を聞かせていた時に一人足りないと感じていた。
巨人の声が小さいのは、死者に向かって語りかけているからだ。
十五歳の時に戦争が起こり、一家は強制収容所に送られた。
収容所生活の間バラックの窓辺にいる小鳥たちが彼の慰めだった。
自由に飛ぶことができる小鳥こそが一人足りない人だと思っていた。
解放されたときには、足りないのは一人ではないと知らされ、彼の声は一層小さくなった。
彼の人生は移動の連続であった。移動することは苦痛であった。
それから決して旅行することもなく古い農場主の館に一人で暮らし小鳥を飼い小説を書いた。
秘書のダニエルと出会ってから、移動しても安全で守られていると感じた。
会食の時には巨人はさらに無口になり、私は不自然にならないように緊張して通訳した。
巨人の本を原書で読みたいと地域語を学んだ私にとっては、小説の事もプライベイトの事も返答の捏造は難しくない。
巨人が食べ物の世界に埋没できるように私は砦となって巨人を守っている。
巨人は必ずパンを三分の一残しズボンのポケットに隠す。
滞在最終日、二人で野鳥の森公園へ行く。
鳥の姿は見えないけれど巨人には気配で分かり、多くの鳥の名前をつぶやきながら歩く。
エサ台にポケットからのパンくずを置いてゆく。
広場の古いすべて絶滅した鳥のデザインのメリーゴーランドに乗る。
私がレバーを引き、メリーゴーランドは移動することなく一つの円を回る。
翌朝、巨人は帰途に途につく。
小鳥たちとダニエルの待つ家に帰ってゆく。
(感想)
巨人は人生において生まれてくるときから双子のもう一人の自分を失い、戦争では家族全員を失った。
収容所にいた時に、自由に飛ぶことができる小鳥は失ったもう一人の自分だと感じていた。
収容所の生活は移動に次ぐ移動の連続であり、移動することは苦痛と同じ記憶であるために、巨人は移動を嫌って自宅にこもっていた。
秘書のダニエルの出会ってからは移動でも守られていると感じることができるようになった。
ダニエルは家族と同じ存在。小鳥たちは失った家族たちと同じ存在。
収容所の生活の経験からパンをポケットに入れておくことが安心できるものとなっていた。
そのパンを小鳥たちにあげることは、大事なものを分け合うということ。
急遽通訳となった私はダニエルと同じように他のものから巨人を守るという役割を持つ存在。
守られていると感じることができると人は移動することができる。
ダニエルなしで巨人は不安だったけれども私がいることで安心できたのだろう。
巨人の小説を地域語ですべて読み、巨人の事の多くを知っている私であるからこそできたことだろう。
巨人は守られていることが必要な人。
それほどの過酷な人生を生きてきた人。
小鳥たちに囲まれて、穏やかな余生をダニエルとともに暮らしていく。
もう移動することは辛くはない。
ダニエルがいるから大丈夫。
これからも幸せに暮らす。
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