敗北宣言と平和の森
2022年3月16日、夜21時頃のことだった。
仕事を終えた相方君からの連絡通話の途中、iPhoneのスピーカーから聞こえていたアスファルトを歩む相方君の足音が急にゆるやかになった。スーツを着なければいけない時だけに履く窮屈な黒艶の革靴の足音は、普段よりもよく響く。疲労したようにとぼとぼとした歩幅のまま、しばらくの沈黙の後、相方君は不意に物寂しく呟いた。
「…もう間違ってもカバとは呼ばれんな…」
あまりに唐突にもたらされたそれは相方君からのハッキリとした敗北宣言だった。
体格的に迫力のある相方君をわたしが「ヒグマ」と呼び、小型の自転車に乗る姿を「ボリジョイサーカスのクマ」などと揶揄したことから、報復としてカバ呼ばわりされたのが始まりだった。
120kgもある女にクマ呼ばわりされることが不快であることは想像に易い。当然と言える報復に、しかし当時の私は激しく抵抗した。カバについて調べれば調べるほど、カバと呼ばれることはわたしを悲しませた。クマ呼ばわりをやめればカバ呼ばわりをやめると至極真っ当な停戦条件を持ちかけられても、わたしは折れなかった。
どうしてもわたしは相方君をクマ扱いしたかった。それは愛ゆえにだった。クマは可愛いんだからいいじゃないか!カバと呼ばれる苦しみに耐え忍んでまでわたしはクマ呼びを貫いた。わたしの愛情表現は理解されず、機嫌の悪い相方君と衝突する理由になることがしばしばだった。そんなに嫌ならやめるよ!と泣いた日もあった。しかし結局やめなかった。
本当に嫌がってるんだからやめろと誰もが思うだろう。
わたしもそう思う。
けれどわたしは攻撃的で威圧的な反面、強く頼もしく、愛らしくもあるクマのような相方君の一面を愛していた。それをどうしても言葉にしたかった。クマと呼ぶことは最早わたしにとって執着と呼べるものにまで至っていた。どうしても呼びたいんだ!というわたしのアホな強情さを、カバと呼び仕返しすることで、相方君は不快感のバランスを取っているようだった。
わたしが始めた下らない争いは、こう着状態のまま継続されていた。
それが、
…もうカバとは呼べない?
未だにダイエットの旅路半ばをよろめき苦しみながら進む最中であるわたしは、相方をクマ呼ばわりする権利を有したままに、カバ呼ばわりされても仕方がない体型を変えることに成功したのか。
──つまり、つまり、わたしは勝利したのだ!!
「せやろ!もうカバではないやろ!」
不透明に暗く続くダイエットの旅路にひかりが射したかのようだった。横たわっていた体勢から身を起こし、正座してiPhoneのスピーカーに向き合う。わたしは笑顔だった。嬉しかった。相方君はめったなことでは自分の負けを認めない。相方君の苦渋めいたうめき声が返答だった。
喜びが胸のうちで爆発する。
「せやったらさ!今わたしを動物に例えたらなんになるん?」
わたしは骨感強い骨格ナチュラルだから例えられるならスリムな草食獣だろうか。いや体脂肪30%もあるのにそれは図々しいな。ウサギは骨格ウェーブの女性がふさわしい。猫も図々しいか。
様々な種類の愛らしい動物たちがみな一様に笑顔で手を繋いでダンスを踊っている。リスたちがどんぐりでメロディを奏でている。かぐわしくあたたかな風に色とりどりの花が舞う。嗚呼、わたしの心も踊っている。可愛い動物に例えられるのは人生で初めてのことだ。
どうだ、どうなんだ、アライグマあたりなら許されるのではないのか。
今日からはクマとアライグマで手に手を取りボリジョイサーカスの森で、夢いっぱいにファンシーに、平和に暮らしていける。
「カピバラかな」
「ん!?」
「カピバラかな」
「えっ…いやカピバラは違うくない?あれ背が低めで太めみたいな感じじゃない…?」
「オットセイかな」
「小顔やな!悪くはない!」
「やっぱりカピバラやな」
「あんまり嬉しくないんやけど…」
「カピバラやな」
「ミーアキャットとか色々あるやん」
「あれは身長小さくて細い子やろ」
「まぁせやな……」
「ええやん、カピもちや、カピもち」
「…………………… 」
気付けば正座の姿勢に足が痺れていた。
ふくらはぎを忌々しくさすりながらわたしは心に炎が灯るのを感じていた。戦禍の森にクマとカピバラが睨み合いながら佇んでいる。
──戦いは続くようだ。
※カピバラを否定しているわけではありません。カピバラは可愛いです。