Apple Watchの必要性


誕生日とクリスマスを合算して買ってもらったApple Watchが今おもちの左手首にある。誕生日とクリスマスの合算というのは贈られる前のおもちの認識で、実際にはホワイトデーのお返しまで含んでいるらしいと後になって聞かされた。受け取ったのは1月末日でバレンタインデーもまだ迎えていないというのにだ。軽い詐欺の気配を感じるが、それはまぁ瑣末なことである。

Apple Watchはおもちの怠慢を見張っている。1時間以上のお座りを許さず立ちなさいと促してくる。おもちは命じられるまま立ち上がり、Apple Watchが納得してくれるよう2分ほどその場運動を始める。突然その場でうごめき始めるおもちに相方は怪訝な目をするが仕方がない。日に12回のスタンドアップをこなさねば、ムーブがゴールしないのだ。

Apple Watchはさらにより善い心の向上まで提案してくる。定期的な深呼吸、輝く未来を想い描きながらの瞑想。

『人に親切にされたらどんな気持ちになるかよく考え、感じたまま周囲に返していきましょう…』

「善い人間になっちゃうかもな、わたし」

「今すぐその時計外そ」

相方は悪いおもちを望んでいるらしい。

さらにさらに、Apple Watchは目標達成に対してご褒美のバッジをくれる。もちろん現物ではなくアプリ上の電子データでしかない。それでも目に見える成果の証に確かな喜びを感じ、手に入れたバッジをくるくると回し悦にひたる。オタクという生き物はトロフィーやメダルやアチーブメントというものが好きなのだ。

昨晩のことだった。あと16kcalの消費で新規バッジが手に入ると23時を過ぎて気付いてしまった。ホロライブの切り抜き動画を嗜む相方の背後で、おもちはやにわに踊り始める。

「なにしてんの」

「Apple Watchがバッジくれるっていうから、あと16kcal消費しないと」

サタデーナイトフィーバーのムーブでダンシングしながら、息を切らしておもちは答える。いざ消費しようとすると16kcalの道のりは長い。

「そんなん欲しいか?」

「欲しいよ」

運動が苦手なおもちの呼吸はものの数分で乱れ始める。答えながらも息の苦しく、話しかけてくれるなと忌々しさを覚える。欲しいからやっとるんやろがい。二本目のダンス動画を流して再び不器用に踊り始める。三本目の動画を終えると、やっとのこと新規バッジを入手することができた。

「お前、Apple Watchに操られとるやん。その内性的な命令されるで」

今すぐ全裸になって夜の世界へ歩き出しましょう!── そんなApple Watchがあるか。

手に入れたバッジを眺め呼吸を整えながら満足げに微笑むおもちに、相方はハッとなって言った。

「お前が痩せたら、俺もうカバって呼べんやん!」

ガタイのいい相方をヒグマ呼ばわりした報復として、おもちは相方からカバ呼ばわりされていた。相手をヒグマ呼ばわりしておいて身勝手ではあるが、おもちはカバと呼ばれることが苦痛だった。

しかし、

Apple Watchでバッジをクルクルと回していたおもちはニヤリとした。

「呼べばいいさ、呼べるうちにね」

Apple Watchがもたらす確固たる心の余裕がそこにはあった。近い未来におもちはカバではなくなり、ヒグマ呼ばわりされる相方だけが残るのだと、ゆるがぬ確信と心の平安がおもちにはあった。

「痩せたら元カバって呼ぼ」

確固たる心の平安が………

──いや腹立つな?なんやこいつ。
もう一台Apple Watchが必要だ。瞑想しろ瞑想。

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