もう甘えないから、自由にさせて!
4年付き合って、3年同棲した彼氏から突然別れを告げられた。
そして、同棲していた家を追い出されてから2ヶ月ほどがたった。
(そのときの話はこちら↓)
家を追い出されたものの、事情があって実家に帰ることもできず…。
今は祖母の家で居候させてもらっている。
彼氏からNoを叩きつけられ、実家からも「こめんけど一緒には住めんわ」と言われ。
路頭に迷っていた私を「おいで!いつまででもおっていいよ」と言ってくれた祖母には感謝している。
というか、別れた直後には女神様に見えたくらいだった。
でも、忘れていた。
わたし、祖母のことめちゃくちゃ苦手だったわ!!!
ここしか生きていく場所がない!と思って飛び込んだ祖母の家。
はじめは満身創痍だったから、何をされても「ありがとう女神様」という感じだった。
でも、ほとぼりが冷めて、自分の心が落ち着けば落ち着くほど、「おばあちゃんムリかも…」という思いがどんどん大きくなっていった。
祖母の性格を一言で言うと「世話のしたがり」だ。
いい人でありたい、いい母でありたい、いい祖母でありたいが何よりも前に出てしまって、何でも世話をしようとしてしまう。
それだけだと、え、いいじゃんと言う感じだけど…。
わたしたちが全く求めていないこと、してほしくないこと、触れてほしくない部分までもやろうとしてくれちゃうのだ。
そして、わたしが「それはしてくれなくていいよ」と言うと、「せっかくやってあげたのに!」と機嫌を悪くしてしまう。
きっと祖母も1人で寂しかったから、余計にたれかの世話をしたくなったのかもしれない。
でも、なんというか。
祖母が大事に育てるペットとか、お人形になっているような気分だった。
大事に育てて、きれいにして。
でも、思い通りにならなかったら「こんなにやってあげてるのに!」と怒りをあらわにする。
これまで、祖母の家に遊びに行ったり、数泊するだけだったときには我慢ができていたそれが、一緒に住むようになってから、我慢できなくなってしまった。
というか、もう限界になってしまった。
そして、2週間ほど前。
祖母とついに言い合いになった。
どうしても許せないことがあって、「わたしはそれされたらめちゃくちゃ嫌や」と言った。
すると、祖母からこんなことを吐き捨てられた。
「今まで世話してやってるのにあんたには感謝がないんか。それやったら自分でご飯も作ればいいし、自分でゴミも捨てればいい。」
「今晩ご飯作ってたのも迷惑やったな。明日のお弁当用にごはん炊いてたのも悪かったな」
わたしも、言い方がきつかったのかもしれない。
それは反省しなきゃいけないと思う。
でも、「それは嫌だ」と伝えることで、ここまでキレられなきゃいけないの?
なんだかそのときに、私の中で我慢していたもの全てが弾けてしまった。
誰かと一緒に住む時点で、多少の我慢をしなくちゃいけないのは仕方ない。
でも、この人にお世話になっている限り、わたしは“どうしても耐えられないこと”までも我慢して、お人形にならなくちゃいけない。
そんなの無理だ、と思った。
それなら、お世話なんてしてもらわなくていい。
それくらいなら、自分の時間がなくなったとしても、バイトしまくって一人で生きていったほうがましだ。
彼と別れてから、ずっと避けてきた「ひとりで生きていく」という選択肢にやっと辿り着けた。
この一件があるまでは、「来年、新卒入社のタイミングで一人暮らしを始めよう」と思っていた。
でももう、人に甘えることは最小限にしようと決めた。
大学生活最後の休み。
休みなんて返上して、バイトしまくって、1日でも早くこの家から出る。
祖母の家で居候しているうちからご飯は全て自分で準備する。
できるだけ祖母の力は借りない。
もう、誰かの世話になることに疲れてしまった。
責任も全て自分で負うから、自由にさせてほしい。そう思った。
もう、誰にも甘えない、と心に決めた。
いろんな人をたくさん頼るけど、“甘える”ことは2度としない。
お願いだから、みんな私に役割を求めないで。
彼はわたしに「いつも優しく寄り添ってくれる家政婦さん」を求めていた。
祖母はわたしに「いつも祖母を頼りにして、寂しさを癒してくれる優しい孫」を求めていた。
でも、わたし人間なんだよ。お人形じゃないんだよ。お助けロボットでもないんだよ。
わたしが甘える代わりに、その役割を押し付けられるくらいなら、一人で生きていきたい。
自由になりたい。
めちゃくちゃ現在進行形で苦しいけど、この思いに気づけてよかった。
社会人になる前に、新しい環境に飛び込む前に、この決断ができてよかった。
やっと自分の人生を生きれる。自分を生きるんだ。
もう、誰のものにもなりたくない。