「エリザベス・アーデン vs.ヘレナ・ルビンスタイン -WAR PAINT-」のミュージカルナンバー、「ピンク」が大好きだって話
ピンク、それは美しい色
劇中、2幕。
取締役会から引退を求められたエリザベス・アーデンが、己の仕事人生を弔うかのように歌い上げるナンバー、「ピンク」
私はこの場面が好きで好きでたまらないので、忘れないように、観ていて感じたことを書き留めておこうと思います。
歌詞はBW版を参照しましたが、自分の記憶を元に作成しているため、間違っていたらぜひ教えてください!
歌い始めはピンクのデスクに座りながら。「たった一つの色だけ?」のあと、そっと落とされる「ピンク」の歌い始めの響きだけでもうなんだか胸がいっぱいになってしまいます。たった一つの色、それでも彼女に栄光をもたらした色。「リボンのパッケージ」で、机の上のピンクの上の小箱をいとおしそうに見つめながら、そっと撫でる手の動きにも泣いてしまう。
そしてまた、ピンクは手に入らなかったものの色でもあるのでしょう。ピンク色の帝国に身をささげたが故に手に入らなかったもの。彼女は欲しかったなんて一言も言わない、後悔を歌っているわけでもない、ただ、あんまり優しい響きで歌うから切なくて、やっぱり泣いてしまいます。
この箇所を聞いていると、いつもドリアン・リーの野心に気づいて声をかける場面を思い出します。
「貫く」ことはなんと難しいのだろうと、大人になってひしひしと思います。どんな選択をしても手に入らないものは確実にあって、女性であればそれはなおさら多く。ただ、まだその事実をしっかりと描く物語ってそれほど多くないと感じているので、このミュージカルはとても厳しいけれど、誠実で優しいなと思います。
曲調、照明も変わり舞台の上の空気感ががらっと変わります。エリザベス・アーデンの生涯。誰も、おそらく彼女自身でさえ予想もできなかった人生。ぼろぼろのファッション雑誌を枕元に忍ばせていた少女も確かに彼女で、思えばこんな遠くまできてしまったと人生を振り返るような目をするベス。
「後に残すのはただこれだけよ」の歌い上げの力強さは慟哭のようでもあり、それでいて誇り高くて。
ピンク色の幕が降ります。
歌いながらピンク色の幕を見上げる場面です。
この場面、私は舞台から遠い席ほど明日海さんの存在感、劇場の空気感に圧倒されたので、前方席で観たとき背中の線が思っていたよりずっと華奢で驚いてなんだかそれにも涙が出ました。劇場を包み込むようなオーラと歌声に圧倒される、劇場でミュージカルを観る醍醐味を感じられる場面だと思います。
「いつもピンク」で振り返る、その力強さも好きです。
「何もかも」の部分はBW版だと「My life, la vie en rose」になっています。la vie en roseはフランス語で「バラ色の人生」の意。文字だけで書くと、「何もかも」では大分質素な意味合いになるなと感じるのですが、歌い上げるベスからは己の美しい人生への誇りのようなものも確かに感じられて、ミュージカル楽曲のメロディーの持つ力と、明日海さんの表現力ってやっぱり素晴らしいなと歌詞を書き出しながら改めて感動しました。
「闇の向こうを見せる」で伸ばした手を、「横たわる」でそっと胸の前で重ねて。なんて美しい歌詞なんだろうとはじめて聞いた時呆然とした箇所です。エリザベス・アーデンにとって、ピンクは、はじまりを彩り、終わりを飾る色。そしてまた、世界の美しさそのものの色でもあると感じます。
決意を決めて再度机へと向かったベスが、ぎゅっとペンを握りしめながら歌う箇所。「ピンクのインク」ではじめて、声が震えていて。こんなところまでピンクであることに彼女自身も少し呆れているようでもありながら、剥き出しのエリザベス・アーデンの弱さのようなものにも一瞬触れて、彼女が手放すものの大きさを思います。
サインをしている間の静寂。書類を閉じたベスはふっと顔を上げて、少し震えるような、それでいて真っ直ぐな声で、そっと「アーデン、ピンク」と歌います。囁くようで、優しくて、切ないけれどどこか誇り高くて、私はこの最後の「ピンク」の響きがとてもとても好きです。
歌い終わった後デスクを愛おしそうに見る視線も、腕を組んで言う最後のセリフも、頭をあげて俯かず背筋を伸ばして椅子から立ち上がる姿も大好きです。
この曲に限らず、このミュージカルの全てに言えることだと思いますが、幸せに対する価値観の押し付け、があまり感じられないのがよいなと思います。そこにあるのはただただまっすぐに野心に燃えて己の人生を生き切った女性の姿。仕事をすることが幸せであると良い面だけを書き切るのではなく、むしろ女性が成り上がっていくことの厳しさのほうが多く描かれているようでいて、それでも「こんな人生は嫌だわ」の思わせない塩梅が素晴らしいなと思います。ピンクを歌うベスは、哀しいけれど、神々しいほど綺麗で、勇ましくて、まっすぐで、かっこいいので。
そしてまた、ピンク色という、一見可愛くてラブリーな印象を与える色を、こんなにも美しいと思わせてくれるこの楽曲がとても好きです。一人の女性が人生を賭けたもの、その美しさに胸を打たれます。
エリザベス・アーデンとピンクー明日海りおと宝塚
この曲を聞いて、明日海さんのこの言葉を思いだしたのは私だけでしょうか?
エリザベス・アーデンにとっての「ピンク」のようなものに出会える人は、ごく稀でしょう。女性であれば尚更少なく、さらにそれを手放したことのある人はまだまだ日本では少ないのではないかと感じています。
そんな中であの楽曲をあんなにも説得力を持って歌い切る女性が存在していること、そして彼女が舞台の上に立ち続けてくれていること、この作品に巡り合ってくれたことはなんて幸運だったのだろうと思います。
この素晴らしい演目が、大千秋楽まで無事駆け抜けられますように!