『博士と狂人──世界最高の辞書OEDの誕生秘話』感想
『博士と狂人──世界最高の辞書OEDの誕生秘話』(サイモン・ウィンチェスター著、鈴木主税訳)を読みました。
個人的に最も驚き、興味深かった事実は、イギリスには16世紀の後半まで英語辞書が存在しなかったという事実です。本書ではそのことを指して
たとえば、ウィリアム・シェークスピアが戯曲を書いたときも、英語辞書はなかった。
と表現しています。
私は、仕事中はもちろん、こういった私的な感想文を書くときにも「この表現は、用法は正しいだろうか?」と疑問に思ったり、自分の言いたいことをより的確に表現する語がないか気になるときには日常的に辞書を引きます。それは編集者として、作家として身に付いた習慣です。
大学の文学部を卒業し、紆余曲折を経ていよいよ編集者になったとき、私がショックを受けたことのひとつは、己の言葉にまつわる間違いの多さでした。会社に入ってすぐ、辞書を引くと用法が間違っていたり、意味が微妙に違っていたりすることが多々あり、文章を矯正することになりました。東京の四年制大学文学部を卒業した成人ですら、そうなのです。(もちろんあくまで私が大変不勉強なのであり、すべての卒業者がそうではないと思いますが!)
本を読み、発行される書籍に責任をもって文章を書き、少しは言葉に対して注意深くなった(あるいはそうでありたいと努めるようになった)今、実感するのは辞書を引くことの重要性です。
辞書がないまま戯曲を、小説を書くなんて、途方もないことに思えます。でも17世紀末までのイギリスではそれが当たり前だったのですよね。
日本では、なんと7世紀には初の日本語辞書『新名』が成立していたといいます。(参考:日本語の辞書はいつの時代からあったのでしょうか。誰がどう使っていたのですか)
それを思うと、英語は比較的新しい言語であると言える気がします。
初期の英語辞書は、上流階級や知識層が使うような難読語や難解語を収録したものだったそうで、そんなところにまで産業革命後のイギリスの発展の片鱗を見るようでとても興味深いです。
サミュエル・ジョンソンの編纂した辞書は初期の英語辞書として有名ですね。語釈がユニークで面白いのですが、辞書の役割としてはより正確であり、用例を引くことができるものが望ましいことは間違いありません。
オックスフォード大辞典の編纂に携わったマレー博士とマイナー博士。とくにマイナー博士の数奇な運命には度肝を抜かれました。
彼らの仕事を通じた奇妙な友情に、私が心を打たれたことは間違いありません。
マイナー博士の経験した湾岸戦争の描写は痛ましく恐ろしかったです。
この経験さえなければ彼が恐ろしい殺人に手を染めることもなく、その後の病の症状も抑えられたのかまではわかりませんが、事実として彼は生涯の後半のほぼすべてを精神病院で過ごしました。当時の「精神病」の治療方法のひどさにも辟易してしまいました。「正常な人たち」に迷惑をかけないよう隔離し、自由を奪い、あとはほとんど放置されている。
彼の強烈な自傷行為は私に衝撃をもたらし、その描写を読んだ夜は食事をする気が起きませんでした。
彼の人生の最晩年に下った診断は、統合失調症でした。
しかし、彼がこの症状に苦しみ数十年に渡り精神病院に収監されたことが、オックスフォード大辞典への貢献に繋がったことを思うと、なんとも不思議な気持ちになります。こんな運命に身を置くことがなければ、彼がこの偉大な仕事に奉仕することもなかったでしょう。
ひとしきり彼らの人生の神秘に想いを馳せたあと、私はまた辞書を引き、別の本を読む生活に戻ります。
自分の何気ない人生が、世の中に何かをもたらしかもしれないし、もたらさないかもしれないと思いながら。
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