書斎で、何故か見知らぬヘビに遭遇! ~野生化するリモートワークとモーリス産駒~
住宅街にある私の部屋で、何故か見知らぬヘビと鉢合わせ!次々と押し寄せる謎の野生動物、突如現代版「ノアの箱舟」と化した自宅。一体この現代に、何が起きているというのか?!
という差し迫った、住宅街ではあり得ないような近況報告と、モーリス産駒の激走ポイント、前回からのリアルドキュメントの続編(スプリンターズSと、府中牝馬Sで万馬券1点目的中のドキュメント「活性化の行方」、秋華賞アカイトリノムスメもおまけ掲載)といった構成で、今回はお届けしようと思う。
何かがぶつかる音、竹林から線香の匂い
~見えない金魚と胸騒ぎの朝~
・・・?
何か大きなものがぶつかる音と、男達の声がした。
それは前回掲載した「ドキュメント編」の2ヶ月ほど前、とある朝のことだ。
郊外の住宅地。玄関を開けて外に出たとき、その気配は、フェンスの向こうからした。
自宅は住宅地の端にあり、フェンスの向こうには、竹林に囲まれた大きな隣家がある。
そっちの方角が、やけに騒々しい。どうやら、何かの工事のようだ。
そのとき、ふと蚊取り線香の香りが漂ってきた。
「あぁ夏って感じ~!懐かしっくて、こういうのもやっぱり良いな」
汗を拭いた。
暑い日である。竹林に囲まれた土地だけに、蚊が大量に発生しているのだろう。戸外の作業には、なるほど蚊取り線香は欠かせないか。
・・・2,3週間後。
長いな。
今日も蚊取り線香の臭いだ。まだ工事は続いている。
うん?
急に何か胸騒ぎを覚えて、庭に野ざらしの水槽をのぞき込んだ。
「そういえば最近、金魚が姿を見せてないぞ・・・」
だがよくよく見てみると、生い茂った水草の中に、ちらっと一瞬、可愛い赤い影が見えた。
なんだ、奥に隠れて出てこないのか。あの図々しいやつが、珍しいな。どうしたんだろう。
「猫か・・・」
猫が散歩ルートにしているのをよく見かけていた。それを警戒しているのだろうか?だが最近、そういえば、その猫は見ていない。
「ここら辺も、近頃工事が多いから。猫も嫌がっているんだろう」
仕事部屋のWi-Fiが、つながらなくなった。ルーターを弄ったが駄目だったので、相当古くなっていたから買い換え時期かと、新しいルーターを買いに、量販店へと走る。
だが、やはりつながらない。ふと、ルーターにつないでいるLANケーブル(ドアの隙間を通れる、薄っぺらいタイプ)を引っ張ってみると、
「うん?」
スパッと、途中で切れている。
なにか奇妙な感じがしたが、劣化したのかな?と思い直し、今度はLANケーブルを買いに走った。
「ルーターじゃなかったかぁ。無駄な出費だったな。でもセキュリティー的には、そろそろ買い換え時だったのかもね。そうだ、ホームセンターに行こう!確か、もう古くなった網戸が破れていたはずだ。補修キットみたいなのも探してみるか」
その日の夜だった。
?!
ゴトゴトと音がする。
何かが、・・・部屋にいる!
家族がネズミを見たといった。小さいやつだったらしい。長い年月ここに住んでいるが、天井裏でネズミらしい音がしたのは、もう随分昔にちょっとあっただけだ。少なくともここ10年以上、全く音もしない。もちろん、直接の目撃情報は初めてだ。
ネットで確認したところ、「ハツカネズミみたい」とのことだった。
大きなクマネズミが悠然と歩いている。これは、進化のブレークスルーなのか!
「そこで送りバントかよ。でも最近、三浦監督もいろいろ考えてやってる姿が見えるようになってきたぞ。ひょっとしたら、ひょっとして、来年あたり化けるかも!」
ベイスターズファンがシーズン終盤に毎年思うようなことを、懲りずにつぶやきながら、テレビを見ているときだった。
あれ?屋根裏の収納部屋の方に影が走る。
?!
びっくりした。大きいネズミだ。
しかも堂々として隠れることをせず、走り回っている。ネズミって、こんなにも無警戒なものだろうか?
しかし、これがハツカネズミなのか?
あまりにもデカいし、茶色で野性味溢れている。
ネットで調べると、どうやら「クマネズミ」というものらしい。
・・・ということは、2種類のネズミが、我が家にいるのだろうか?今まで一匹もネズミなんて見たことがなかった住宅地に、突然2種類ものネズミが同時に?しかも、隠れることなく、目の前を歩いたり、走ったりする?
なんとも奇妙な話だ。
天井裏にでも隠れていてくれれば、まだ良いのだが、仕事中も平気でうろうろしている。しかも、それぞれ一匹のようだ。ああいうのは集団で生活してるんじゃなかったのか・・・。
「さては、こいつは遺伝的変異に違いない。冒険者のDNAを持った、勇者のネズミだ。だから全く隠れない。進化のブレークスルーには、こういった個体は極めて重要になる」。
私はそう解釈し、彼をアウトローのネズミと位置づけ、静かに見守ることにした。
だが、夜も直ぐそばを通って、うるさくて眠れない。寝てる間に耳を囓られるのでは?といった妄想も膨らんでくる。
睡眠不足が続いて、これはさすがにどうにかしないとということで、殺さずに済む平和的なネズミの撃退法を調べてみると、どうやら正露丸と蚊取り線香の臭いを嫌がるらしい。
さすがに部屋に正露丸を撒くのは最終手段なので、まずは蚊取り線香からだ。
そこで早速、蚊取り線香を購入し、窓を全開にして家の中央で焚いて寝た。
ゴホゴホ・・・。翌朝、私はふらふらになりながら、起き上がった。
微熱があるみたいだ。
家の真ん中で蚊取り線香なんか炊いて寝るもんじゃなかった・・・。その後2日ほど頑張ってみたが、この作戦はネズミより人間が先に参り、あえなく断念となった。
お陰で、部屋中に線香の臭いが染みついてしまった。
その週末、予想の仕事をしているときだ。
トイレに行きたくなったので、席を立つと、
・・・!
「一体、次から次へと、この家はどうなっているんだ」
半開きの扉の向こう、巨大な尻尾がひょろひょろと、うねっている。
「また新手のネズミか・・・。しかし、デカいぞ。なんだあの巨大な尻尾は!」
しぶくてハードボイルドな強面おじさんとして通している私も、動物はあまり得意ではないし、そもそもネズミなんかすばしっこくて捕まえられるわけもない。脅かして、とりあえず逃げて貰うしかないか。
それにしても、尻尾の大きさから想像されるネズミは、ちょっと規格外だ。
「おいおい、君は生きた化石か。いや、これはひょっとして、凄い発見かもしれないぞ・・・」
ドキドキしながら、近づいていく。
「え、なんだって!」
扉の向こうの尻尾は、終わることなく、どこまでも続いているではないか。
大きな尻尾・・・。これはやつじゃない。ヘビだ、家の中にヘビだ!
これは、・・・ネズミじゃない。
ヘビだ!
「家の中にヘビ?」
度肝を抜かれるとは、まさにこのことか。あまりのことにすっかり固まってしまった。
だが数秒後、冷静さを取り戻し、状況を分析する。周囲は囲まれて、容易にヘビは逃げられない。
脅かして逃がすという方法も、この場合、まずいのではないだろうか?家族に危害が加わるかもしれない。ネズミが苦手なくらいだから、は虫類なんて見るのも恐ろしいが、ここは真正面から戦って、捕獲するしかないだろう。
「しかし、なんだってこんなことが、立て続けに起きるんだ」
この夏に起こったことが、一気に頭の中を駆け巡っていく。
線香の香り、何かにおびえ姿を見せない金魚、工事の男達の野太い声、風に揺れる竹林、破れた網戸、切れたWi-Fiケーブル・・・。
そのとき、絡まりついた糸が一気に解けた。
ここは、現代版「ノアの箱舟」なのだ!
竹林の中で蚊取り線香を炊いて工事を始めたので、中に潜んでいた野生の動物たちが燻されて慌てて逃げ出し、一斉に我が家へと押し寄せている最中・・・。
きっと、そうに違いない。
今まさに、我が家は野生動物たちの、「ノアの箱舟」と化しているのだ!
不意に自宅を襲った、現代版「ノアの箱舟」。
ヘビも壁を背にして、どうしたら良いか分からなくなったのか。ただ、ゆらゆらと目前で揺れている。
あるいは彼も、なんで自分がここにいて私と対峙しているのか、よく分かっていないのかもしれない。彼も住処を追われた、いち被害者なのだ。
家の中に野生のヘビがいるという、非現実的な光景とあまりの無力感、恐ろしさで、そのままへなへなと床に座り込んでしまいそうになった。
だが、仕事の締め切り時間も近づいている・・・。急いでなんとかしないと。
そのとき、もう何年も、まるでペットのように飼い慣らされていた私の奥底、静かに眠っていたアウトローな男としての荒ぶる感情に、久しぶりに小さな炎がボッと灯るのを感じ、思わず身震いした。
「この格好は、たぶん・・・不味いぞ」
ゆらゆらと揺れるヘビを目で牽制しながら後ずさりし、後ろに手をやって、部屋に脱ぎ捨てられていた長ズボンを慌てて掴む。思わず転けそうになったが、なんとかバランスを取って、短パンから長ズボンに素早く履き替えながら、
「大きなダンボールか袋を持ってきて!家の中で一番大きいやつ。とにかく大きいのだよ!あ、あと手袋だ。手袋だよ!」
テレビの音が聞こえる居間の方に、ひどく緊張した声で叫んだ。
「どうしたの~?」
この後、繰り広げられたヘビとの格闘と対話、ネズミ撃退作戦の行方は?!前回書いた鷲の鳴き声とは?そして勇者にしてアウトローと思われたクマネズミの、思いもよらない家族愛に満ちた行動とは?
といった話は、またいつか書く日があればと思います。
モーリス産駒の狙い時を徹底解説!
私の畏るべきリモートワークの話はひとまず置いて、いよいよ、モーリス産駒の馬券的なポイントを解説していきたい。
モーリス産駒を一言でいうと、「速い流れで強く、混戦でしぶといタイプ」になる。
そのため、オプション*(Mの用語解説ページ参照のこと)の「短」はAと、前走よりペースアップしやすい短縮の適性が高く、また内枠を示す「内」もB、多頭数を示す「多」もBと高い評価になる。
重い馬場もこなすが、走りが比較的綺麗なので、道悪になると勝ちきる確率が減って、「重」はDとなる。
なお、枠順や馬場のオプションは、芝血統の場合は芝を中心に判定している。モーリス産駒はダートになると、あまり内枠は向かない。これは芝血統によくある基本パターンで、ダートで砂を被るとスピードに乗りにくくなって持ち味を消されるため、内枠を嫌がる種牡馬が多いのだ。
これらオプションを表にしたのが上になる(前回のドゥラメンテ産駒のオプション表に表記ミスがあったので、修正版も同時に掲載した)。
また、最新版の『ウマゲノム辞典』で登場したラップデータの更新版だと、前走より前半0.5秒速くなると複勝率0.360で、0.5秒遅くなると0.325と好走率が下がっている。前走よりペースアップした方が、好走しやすいタイプというわけだ。
そこで早速、代表産駒のピクシーナイトで、具体的に確認していこう。
同馬は、1勝クラス勝ち後の相手強化だった初重賞シンザン記念で1着。だが、続く重馬場だったアーリントンCでは、2番人気4着と人気を裏切る。
その後、短縮で超ハイペースになったCBC賞を2着。続くセントウルSも2着に好走後、相手強化のGⅠスプリンターズSでは、前走15番枠から4番枠と内枠に移行して、初GⅠ制覇を成し遂げた。
以上の戦績は、相手強化などの混戦で強く、前走よりペースアップすると好走するタイプ、「M3タイプでは、CとSが両方強いタイプ」という傾向を、端的に示している。
だが実は、モーリスのタイプ分析は、近年の種牡馬の中でも、最も難しい部類に属し、当初はかなり難航していた。
前回解説したドゥラメンテなど、だいたいの種牡馬は、デビューして最初の数ヶ月でほぼタイプは判明する。ドゥラメンテで言えば、MのL系=「揉まれ弱いが自分の競馬をして体力を活かせると圧倒するタイプ」になる。したがって、延長や外枠、逃げや追い込みといった極端な脚質を繰り出すタイミングで激走しやすく、馬券的にも狙い目と判断し、勝負出来る。
それがモーリスの場合、産駒によって異なる動きをする事例が、かなり多く発生していたのだ。
もちろん、母系の影響もあるので、産駒によって成績にばらつきがあるのは当然だが、その幅が妙に大きい。
そのため、私も珍しく、当初はタイプ判断を誤ってしまった。
では、何がモーリス産駒のタイプ判断を難しくさせたのだろうか?
その要因は、主に2つあった。
短縮や内枠など、前走より激戦になると強いが、「反動」に要注意
1つめの要因は、「反動」だ。
「目一杯の競馬をするので、反動が出やすい」という性質が、モーリス産駒には強い。そのため、戦績に「だまし」がよく発生することになる。
ここで、ルーズネクストとシゲルピンクルビーの戦績表を用意したので、見て頂きたい。
ルーズネクストは、未勝利から一気の相手強化になったシンザン記念で、8番人気2着と激走。前走より1000m通過では1.5秒もペースアップし、前走13番枠から3番枠と内枠に入っての激走だった。
先ほどのピクシーナイト同様、まさにペースアップしての混戦で、強さを見せつけた格好である。
続くファルコンSは、間隔を開けてリフレッシュし、得意の短縮。さらにはMでは最強と位置づけられる「逃げの位置取りショック=逃げられなかった逃げ馬*」まで付けたので、1着で駆け抜ける(*が付いてる言葉は、Mの用語解説参照。「位置取りショック」は特にS系が決まりやすい)。
この走りから、次走のGⅠNHKマイルCでは5番人気に支持されるも、あえなく10着に惨敗した。
この惨敗の原因が、「目一杯の競馬をした後の反動」になる。
ファルコンSで、「短縮+休み明け+位置取り」というトリプルショックを決めた反動が、次走で出た格好だ(レース間隔を詰めるのが苦手なため、モーリスのオプション「詰」はDになっている)。
この反動パターンは、シゲルピンクルビーでも、全く同じになる。
休み明けでリフレッシュしたフィリーズレビューでは、前走より1秒以上もペースアップしたにも関わらず、18頭立ての5番枠から、馬群をものともせず1着に激走。しかし、その反動で桜花賞は16着に惨敗。
その後、やっと疲れが癒えて走り頃だった北九州記念では、直前の豪雨で内の差し馬は余程の道悪巧者でない限り伸びない絶望的な馬場(特に重が苦手なモーリス産駒の場合、この豪雨では厳しくなる)を、内から6番人気4着と、差し馬では最先着を果たして好走。しかしその反動で、セントウルSでは11着と惨敗する。
このように、タフな状況で集中しやすく、目一杯走るので、反動が出る確率もそのぶん高くなるわけだ。これらの惨敗が、性格的な問題なのか、反動なのか、判断を難しくしていたのである。
ルーズネクストのNHKマイルC10着惨敗は、反動ではないとしたら、相手強化で内枠に入って揉まれたための凡走と判断されるので、L系という真逆のジャッジになる。これは、シゲルピンクルビーの桜花賞16着でも、全く同じだ。
もちろん、ピクシーナイトのNHKマイルC12着惨敗も同様になる。一見相手強化のペースアップに対応出来ず、投げ出したかのようにも見えるが、苦手な道悪を休み明けで4着に好走した反動の影響が、より強かったのだ。
反動が強く出やすい種牡馬と分かったからこそ、前回スプリンターズSのところで解説したように、ピクシーナイトのセントウルS2着は、より評価出来たわけである。
NHKマイルCからの「大幅短縮」で、「初古馬戦」+差しに回る「位置取りショック」という「トリプルショック」でCBC賞を2着に好走。しかもレコードの2着だ。相当、心身両面で反動が出るはずだが(実際、出ていたわけだが)、それでも次走のセントウルSを2着に好走した。
ということは、このメンバーでは力が一枚抜けていると判断出来る。
反動がある中でのセントウルS好走によって、次走スプリンターズSでの、「相手強化の内枠」での好走は、馬場さえ乾いて苦手な道悪にならなければ、タイプ的に約束されたに等しいものとなったわけだ。
「距離」によって、モーリス産駒は真逆のドゥラメンテ産駒へと、近づいていく
もう一つ、モーリス産駒の判断を難しくさせた要因があった。
その要因とは、「距離」になる。
例えば、京成杯で3着に好走したテンバガーという産駒がいる。
同馬は、延長の超スローだった未勝利戦を、前走5番手から今回2番手と、前に行く位置取りショックで1着。
これだけでは、揉まれ弱いタイプか、あるいは闘う意欲が強いタイプか、まだ判断は付かない(そもそも、延長のペースダウンで前走より前に行く位置取りショックは、基本的ショックなので、どんなタイプでも激走確率は高い)。
次走京成杯は、前走と同距離の2000mを6番人気で3着に好走。相手強化で走るところはしぶとさがありそうだが、12頭立ての少頭数で、しかも相当のスローだ。揉まれない単調なレースで強いだけなのかもしれない。ここも、判断が分かれるところだろう。
続く弥生賞は、やはり少頭数だったが、3番枠と内枠に移行。レースは内枠の先行馬には無条件に有利な、緩い流れの前残り競馬になったのだが、それにも関わらず5着に終わった。
せっかく有利な内枠なのに、それを活かすことが出来なかったのだ。内枠向きのしぶとさがないのか?スローとは言え、前走よりペースアップしたのを嫌がったのか?
何れにしても、これはL系的な特徴になる。しかも、走りがそもそもワンペースで硬い。実際、デムーロも、そして前走で乗った戸崎も、似たようなことをコメントしていた。
続く山吹賞も、ただ雪崩れ込んだだけの3着。メリハリがなく、走りが単調だ。この硬さは、S系に多いが、少なくともC系のそれではない。
だが、どうだろう。
続く1600mの1勝クラス。600mの大幅短縮だったレースで、今までと一転、集中した走りで脚を矯め、0.1秒差の完勝を決めたのだ。
このとき、私はある感触を得た。
それを確認すべく注目したのは、次の格上げ戦となった、やはり1600mの五頭連峰特別だった。新馬以来の14頭立てと多めの頭数。枠は5番と内だ。頭数と距離を考えれば、この5番枠は、今までの競走生涯で一番タイトなレース経験になるだろう。
「そしてたぶん、ここも好走する」
そう思って、予想でも対抗に評価してレースを見た。
すると、前半3ハロンは、前走より0.8秒も速い。その後も、自身が経験する最速ラップを刻んでいく中、相手強化にも関わらず、馬群の中で集中力を切らさず、4番人気で3着と好走したのだ。
「いやいや、思った以上にしぶといな」
マイルで走りが変わると思って評価はしていたものの、もう少し単調な競馬で好走すると考えていた。
テンバガーは、モーリス産駒の中でも、比較的体力よりで、一本調子なタイプと判断していたが、馬群で我慢して競馬をしたのである。休み明けでフレッシュ状態ということもあったが、ややL系よりの彼で、こういう競馬をするということは、モーリス産駒は本質的に、闘う意欲(S)が強く、同時に集中力、しぶとさ(C)も強い複合タイプと判断出来る。
では、京成杯から山吹賞に至るレースで見せた、硬さがあり、集中力を欠いたあのワンペースな競馬は、一体なんだったのか?
その答えこそが、「距離」になる。
これは似たタイプのロードカナロア産駒などにもいえることだが、短中距離血統の場合、中距離まではしぶとい競馬をするタイプでも、距離が延びると淡泊で一本調子な競馬になりやすく、不安定さが増す(不安定だからこそ、むしろ長距離は、人気で切りやすく、その反面、凡走後の穴で狙えるのでより馬券にはなりやすいが)。
テンバガーは、2000m以上とマイル戦で、走りの質が明らかに違ったのだ。
このことを、データ面でも検証してみよう。
長距離での走りに見える、淡泊さの正体とは?
モーリス産駒が、芝2000m以上の2勝クラス以上で連対したのは、これまでのところ4回ある。
その内訳は、京都新聞杯のルベルカーリアが、逃げて2着。ホンコンJCTのアルビージャは、2番手から1着。浜名湖特別のジャックドールは、逃げて1着。芙蓉Sのラーグルフは、7番手から1着。
4回中3回で2番手以内、うち2回が逃げてのものだった。そして唯一差して好走した芙蓉Sは、少頭数10頭立ての8番枠から、後方捲りを決めたものだ。どれもブレーキを掛けず、一本調子に競馬をしたレースである。それは前回登場した、逃げや、追い込み、捲りなど、揉まれない形で競馬をして強い、ドゥラメンテ産駒の激走パターンに酷似していることが分かるだろう。
ルベルカーリアの京都新聞杯は、追い込み有利の競馬を逃げて2着に粘り、内容的にもかなり強かったので、続くセントライト記念では骨っぽいメンバーの中、4番人気に支持された。しかし、ここで出入りの激しい流れを前走の逃げから一転、差しに回る競馬を試みたため、リズムを乱し、7着に凡走する。これも、ドゥラメンテ産駒と同じパターンだ。
自身の適性距離の上限に近づいてくると、揉まれ弱い馬の好凡走パターンになっていくのだ(ただ、ロードカナロアよりは、距離の守備範囲がやや広いので、2000m前後でもしぶとめの走りをする産駒が、今後多少出てくる可能性はある)。
これは、スプリンターズSで、相手強化の多頭数内枠から、好位で競馬をし、そのまま突き抜けたピクシーナイトとは、かけ離れた好凡走パターンになる。
この距離レンジの上限による走りの違いが、モーリス産駒のタイプ判断を、より難しいものにさせていた「正体」だったのだ。
スプリンターズS・ドキュメント編(続き)
(この章は前回のスプリンターズSドキュメント編の続きになるので、前回の最後に掲載されている部分に目を通してから、読み進めて頂きたい)。
急にお腹が空いた私は、外に出て、草団子を食べた。私の好物である。特にヨモギのざらついた繊維がしっかり残っているやつは、いつの時代でも、生きている実感そのものだ。
早くコロナが終息して、もっと気楽に外へ出かけられる日が来ると良いのだが・・・。
そして、スプリンターズと同じ芝1200mの2Rが発走。
3角6番手以内の6頭が、そのまま6着以内を独占した。
「1200mは前残りか」
メイケイエールのスタートは遅いが二の脚は速いので、出していけば4,5番手は余裕で取れるスピードがある。前残りは悪くない話だ。出していけば掛かるリスクも高くなるが、馬場が悪くてハイペースなら、無理に出していっても掛からない確率の方が高い。
極端な前残り馬場なら、差し馬は内を回った馬しか間に合わないはずで、内目の枠も絶好だ。
と、同時に一番人気のダノンスマッシュの評価を抑えて、正解だったとホッとした。最近のダッシュ力で、あの前残り馬場の外枠だと、余程殺人的なペースにならない限り、もう物理的に間に合わないだろう。
午後の中山芝は、9Rサフラン賞とスプリンターズSだけの予想だった。サフラン賞の本命は5番人気ウインピクシス。2走前に先行して勝って、前走は控えて負けた馬だ。
積極騎乗の横山武なら前に行くのは間違いない。
これは意識的な「前に行く位置取りショック(Mの用語解説参照のこと)」という、Mでは最も期待値の高い作戦になる。しかもパワー豊富なゴールドシップ産駒で、雨上がりの馬場はピッタリだ。
ウインピクシスはスタートから出して、逃げに出た。さすが横山ジュニア、計算通りだ。2番手を進んだ7番人気ウオーターナビベラに差し切られて2着は誤算だが、この馬も予想の3番手で、馬連は2点目的中になった。3着馬も4番手評価で、結局3連単の万馬券520倍も、予想の10点目だが当てることが出来た。
同じ中山芝で、これは実に幸先が良い。
前残り、しかも重い馬場想定で本命にした馬が、そのまま残ったのだ。スプリンターズSに向けて、まさに福音である。
だが、勝ち時計は遅かったが、スローだったので、馬場がどこまで回復しているのかは、よく分からない。
ちょっと待て、勝ったのはシルバーテースト産駒だぞ
一つだけ、気になることもあった。
差したウオーターナビベラは、シルバーテースト産駒だ。軽い上がり勝負にも適性のある新種牡馬で、実際、上がりは33.6秒を記録して差し切っている。
この上がりでは、重いゴールドシップ産駒のウインピクシスが差されたのも無理はないか・・・。
うん?ちょっと待て。
2歳牝馬限定の1勝クラス中山1600mで、いくらスローとはいえ、2番手の馬が上がり33.6秒で勝ち切ることは少ない。
まさか、馬場がかなりの勢いで乾いてきているのか・・・。
次の1800mだった茨城新聞杯は見もしなかった。1800m以上と1200mでは全然レースが違うので、脚質も異なることが多い。しかも少頭数だから一団になりやすいので、スプリンターズSの参考にはならない。
いよいよスプリンターズSのパドック。
本命メイケイエールは絞れて、前走よりかなり良化していた。まだ硬さはあるが、問題ない範疇だ。
対抗のピクシーナイトは、2キロ増は嫌だが、そこまで太くもない。鮮度があって流動性が高い時期のS系馬には、大きな不利にはならないだろう(細かい馬体重の判断ルールについては、Mの公式HPを参考のこと)。
3番手評価のレシステンシアは完璧だった。しっとりとして張りがある。2キロ減もちょうど良い。「前残り馬場でこの馬体ではさすがに崩れないな。レシステンシア軸の方が良いくらいだったか」と、ちょっと弱気になる。
「馬体重と前残り馬場だと、S君のレシステンシアで良かったかな」という感じのLINEを、S君に送った。彼は毎週、私のサイトでMを使って予想を発表していて、Mの吸収力はなかなかに強烈だ。
今回の彼の本命はレシステンシアだった。
ただ私のメイケイエールも、セーフティーネットの1つめ、「道悪」はなくなったが、まだ2つも激走へのセーフティーネットは残っている。そこに期待だ。
そしてスタート。
メイケイエールは出遅れた。だがもともとスタートの悪い馬だが、ダッシュ力はある。これは想定内だ。ここから出して行けば、4,5番手は簡単に取れるだろう。よしんばそれで掛かったとしても、諦めはつく。
が、出していかなかった。
これで縦長の4番手を取るという、「道悪」に続く、セーフティーネットの2つめも、あえなく消えた。それでもまだ最後のセーフティーネットがあるので、冷静にレースを見守った。超ハイペースになって、外から差すパターンだ。この形なら囲まれないので、ペースが上がればまず掛からない。
池添も敢えて掛からせない為に出遅れて、外を回るのを選択したのかもしれない。前残り馬場を考えれば褒められた策でもないが、その戦略を取る彼を、責めることも出来ないだろう。
「まず掛からせない」
それが結果以前に、陣営からこのレースで彼に課せられた、最大の使命だったはずだ。
実際、ほとんど掛かってない。これなら、昨年のようなハイペースになれば、確実に差せる。そして前半3ハロンラップ。
え、何だって!33秒を楽に回っている。
そう・・・、あまりに遅いのだ。
これでは、生暖かい陽気によって急速に回復した馬場で、今日の前残りバイアスだと、外差しは物理的に不可能になる。
外を回っているメイケイエールは消えたので、気持ちを内の福永に切り替えた。こうなると、福永に勝ってもらって縦目で馬単を当てるしかない。ピクシーナイト唯一の懸念材料だった馬場が、モーリス産駒向きに乾いたので、予想では6点予想の6点目だった縦目も買っておいた。
結局、ピクシーナイトは馬場的にもペース的にも有利な内から力強く抜け出し圧勝。2着にはレシステンシア。
伸びない外から1頭だけ、鮮度を頼ってメイケイエールが伸びて来たが、さすがに4着。他の外差し馬は人気馬含めて全くの惨敗だったように、あの馬場であのペースだと、歴史的な名馬クラスでも、外を回った差し馬はほぼ100%勝てない。
それもまた、競馬だ。4着は仕方ない。が、問題は3着のシヴァージだ。
3つのセーフティーネットの網の目を破った、逆ショッカー・シヴァージ
出馬表をパッと見たときには、目がいった馬だ。なにせ今回の出走16頭中唯一前走が1200mではない、つまり鮮度の一番高いステップだった。
だが、同馬の適性は「速い上がりの差し競馬」だ。前日の前残り馬場、しかも雨が降ってハイペースが想定されるメンバーで、得意の高速上がりのレースには、物理的になりようがないと、消した馬である。
とろこが乾いて高速馬場になり、しかもスローになったので、まさにその高速上がりレースが出現したのだ。また、高速前残り馬場でのスローだから、差し馬は内枠から内々を回った馬以外は、物理的に間に合わない。その最内1番枠に、速い上がり向きの差し馬がいて、前が開けば、確かにこうはなるだろう。
S君は事前の予想で、レシステンシアの相手の1頭に同馬を挙げていた。M的に単純に見れば、唯一の短縮馬で、しかも休み明けで、重賞ではなくOP特別からと、鮮度が最もある、ストレスのない馬だ。Mに忠実なら、むしろ挙げていないといけない馬だったろう。サイトで毎週載せているワンポイントアドバイスというコーナーで、「馬体が増えて速い上がりの差し競馬になって欲しいね」と解説したが、プラス6キロでまさにその通りの競馬となったのだ。
「ピクシーナイトを切っちゃってましたんで、今井さんの同点対抗を知って慌てて買って、助かりました!」とのことだったが、確かにピクシーナイトはMの純粋適用からは、人気馬だし、とりあえず切りたくなる馬でもある。私も長考に入らなければ、この馬が他馬との比較上、実は鮮度の相当高い馬だとは、気付かなかったくらいだ。
Mの直感を無視して物理的に合わないと判断したシヴァージに走られ、3連複78倍1点目的中を逃してしまった・・・。
メイケイエールに用意された激走への3つものセーフティーネットの1つでもクリア出来れば、あの絶望的な場所から4着なら、少なくとも3連複は1点目で当たっていただろう。
だが昨日の動悸は、そのセーフティーネットの網目3つが、奇跡とも言えるほど綺麗に、全て当日破られるのを、既に直感的に、分かってしまったから起きたのではないか?
細かく、ペースを区切って理詰めでいきすぎた・・・。
直感と理論の狭間の揺らぎ、前回紹介した本の、あの闘鶏の現場だ(直感と理論の関係性、揺らぎについては、かなり長くなるので、またいつかの機会に書いておこうと思う)。
「え、だってシヴァージって、逆ショッカーでしょう?しかも、出走馬で唯一の!」
全くそうである。
「逆ショッカー」とは、「前走3角5番手以降の短縮馬が、今回短縮で、3角8番手以内に走る」と成立する、単複で回収率が100円を超えるという、Mの必殺ローテーションの1つだ。
この逆ショッカーは、ペースが緩むと特に決まりやすい、現代競馬用に、「短縮ショッカー」の派生形として開発した新理論になる(詳しくは用語解説や単行本の『短縮×逆ショッカー』参照のこと)。そしてスプリンターズSは、見事にその緩い流れに嵌まってしまったのだ。
私の78倍1点目的中に向けて精緻に組み立てられた理論の編み目を、ピンポイントで縫うようにして破ったのが、まさにちょうど1頭しか出走していなかった10番人気の逆ショッカーだったという事実は、あまりに皮肉で、あたかも誰かが描いたシナリオめいた結末だ(ちなみに毎週発表している逆ショッカーリストでは、シヴァージは「N-4-5」とかなりの高評価になっていた)。
なるほどそれは、予想を送った後、何故だか動悸が止まらなかったわけである。
そう、破られる確率の非常に低かった三重にも張り巡らされたセーフティーネットには、実のところ世界、つまり大文字の他者が抜け落ちていたのだ。
府中牝馬S、万馬券1点目的中のM的プロセス
~思考の海を、泳ぎ切れ!~
目の前をよぎって届かなかった、闘鶏場を覆う影。そのスプリンターズSの2週間後、2つの重賞でその影を今度は追い払ったので、この祝祭もおまけで収録することにした。2つの重賞共、期せずして同じMのポイント=「活性化*」が隠されていたので、皆さんの記憶が新しいうちに見ていくのは、ちょうど良いテキストになるはずだ。
その2つの重賞とは、土曜の府中牝馬Sと日曜の秋華賞だった。府中牝馬Sは馬単万馬券を1点目で的中し、また秋華賞では本命アカイトリノムスメから馬単高配当を当てたのである。
府中牝馬S。
新聞を見て、Mの直感でひらめいた馬が3頭いた。
内から7番人気スマートリアン、5番人気アンドラステ、4番人気シャドウディーヴァである。
その中で最も惹かれたのが、スマートリアンだ。連続でOPを連対後のストレスで、前走は4着に負け、今回はストレスが薄い。
また4走前には、今回と同じ1800mで32.3秒の高速上がりを駆使して勝った馬だ。条件的にもピッタリになる。
ただ1つだけ、気になる点があった。
「硬直化」である。
キズナは闘う意欲(S質)が旺盛で、パワーも豊富な種牡馬だ。ただ、そのぶん心身が硬くなりやすい。前走、連を外したとはいえ、4着に好走だ。しかもマイルの高速決着だった。強引な競馬をして好走した後のサラブレッドは、一時的に心身が硬くなりやすいので、元々心身の硬いキズナ産駒には、より危険な要素になる。
その柔軟性を欠いた状態で、果たして戦う意欲が旺盛で前掛かりの馬が、広いコースの距離延長を、精神的にも肉体的にも、我慢して走りきれるのか?
それなりのギャンブルだ。
では、5番人気アンドラステはどうだ。
同馬も中京記念激走後のストレスで前走凡走して、今回はストレスの薄れている、Mの基本形だ。
また辞典にもあるように、オルフェーヴル産駒は内枠の延長を得意としている。しかも、同馬の固有オプション(毎週の回顧などに掲載しているもの)にも、オプション「内」が付いている。全てが今回にピッタリだ。
ただ、この馬も1つだけ気になる点があった。
ペースだ。
今回はかなり先行馬が多い。速いラップになるだろう。前走はマイルなので速かったが、前半は35秒とそれほど速くない。その後淀みなく流れて、1000m通過58.1秒だから、全体ではかなり速いのだが、前半の入りが遅かったのは少し嫌だ。
そう、オルフェーヴル産駒の激走ポイントの回で話したように、前走より最初のハロンラップが速くなりすぎると、バランスを崩しやすいのがオルフェーヴル産駒になる。
しかも、ここは「前に行く位置取りショック」をしてくるだろう。2走前に先行して好走し、前走は差して凡走したので、2走前の先行策に戻すに違いない。「延長で前に行く位置取りショック」自体は、Mの教科書的には正解だが、この場合は少し不穏だ。前に行くことで、余計に前半の速い流れを辛く感じ、嫌気が差す恐れがある。
ただ同馬の場合は、速い流れになったターコイズSで2着に好走したことがあり、オルフェーヴル産駒の中では、かなりS質が強く、ペースアップへの対応力が比較的高い部類の産駒になる。それに加え、短縮ではなく、「延長のペースアップ」は、こういうタイプ(C要素が強い長距離血統。他にはステイゴールド、ハーツクライなど)には、むしろベストな条件になることが多い。ならば、ぎりぎり相殺できるか・・・。
今回に関しては、「前半のペースと位置取り」。
その流動的要素に左右される馬なので、2,3番手評価が妥当になるだろう。
4番人気シャドウディーヴァはどうか?
2走前3着のストレスで、関屋記念を7着に凡走してストレスが薄れた、これも「Mの基本形」だ。今回は、2000m→1600m→1800mの「バウンド延長*」も掛かる。理想的なステップで、Mのファンなら必ず評価した馬ではないかと思う。しかもハーツクライ産駒が好きな、「多頭数」の「内目」の枠だ。
以上から、今回はまず好走するが、最初に見たときは、2,3番手評価だと思った。
というのも、もう2年近く勝ち星のない馬で、生涯でもまだ2勝と、強い相手に怯まないが、逆に弱い相手でも勝ちきれない、悪い意味でのC系らしさ満載の馬だ。
4番人気と穴人気では、本命にはしにくい。
一長一短の3頭で、何を本命にするか悩んでいるときだった。
活性化の行方
~ズブい馬を刺激して走らせよ~
あ、そうか・・・!
突如、このレースのキーワードを思い出した。
活性化だ。
秋競馬が始まって直ぐで、まだ馬場は硬い。したがって、府中牝馬Sは軽い高速レースになりやすいのだ。しかも、今回はペースも上がる。スッと流れについて行ける馬でないと、追走に苦労して、最後まで脚が残らない。
「活性化」とは、馬を刺激して、闘う意欲(S質)、前に出る意欲、スピードへの対応力を上げさせる行為になる。
例えば前走で、「前に行ったり」、「強い相手と戦ったり」、「ハイペースを経験させたり」、「高速レースなど軽いレースを経験させたり」すると、活性化は強化される。
活性化をテーマに考えると、シャドウディーヴァほど完璧な馬はいなかった。
この馬には、前走関屋記念の、平坦で軽い新潟マイルは、明らかに忙しい条件だった。しかも2000mからの短縮で向かったので、前走は馬鹿らしいほどに忙しく、また軽く感じたはずだ。
さらには、18頭立てで7番手と好位で競馬をしたので、その刺激は大きい。自分の適性より忙しい条件を強気に動けば動くほど、活性化は強まる。もともと瞬時に動けないズブい面がある彼女には、この活性化の恩恵は、計り知れないものになるだろう。
アンドラステも、同じく彼女には忙しい「平坦高速マイル」だった関屋記念だが、2走前は200mしか違わない1800mからの短縮で、しかも10番手だ。シャドウディーヴァほど、活性化の刺激は強くない。
出来た・・・。
シャドウディーヴァ本命、アンドラステ対抗で、ここはいける。
2年ぶりにシャドウディーヴァが勝つ瞬間、そして重賞18戦目にして待望の重賞初勝利を挙げるのが、まさにこのレースになるだろう。
そして当日、朝から雨だった。
これも天気予報から、ある程度計算のうちだ。シャドウディーヴァはタフな馬場でしぶといので、雨が降るのは歓迎になる(実は、毎週の回顧でつけるシャドウディーヴァの固有オプションは、「多」、「内」、「重」、「延」なので、まさに今回の状況に全てがピッタリ嵌まっていた)。
ただ、これ以上降ると良くない。
せっかくの軽いレースへ向かうために用意された、関屋記念での活性化の恩恵が相対的に薄れ、他の活性化の薄い馬が紛れ込んでしまうリスクが出てくる。
ヒヤヒヤしたが、なんとか、その後はほとんど降らず、良馬場のまま午後を迎えた。
馬体重が発表される。
シャドウディーヴァは、中8週でプラス2キロ。これならちょうど良い。アンドラステも前走増えた馬体重が4キロ絞れ、ピッタリだ。1点目で当たる可能性が、これでグンと上がる。
他の馬の馬体重もチェックすると、スマーリアンは中4週で突如16キロ増。
「この馬を本命にしなくて良かった・・・」
心底ホッとした。
結局今回は、懸念された硬くなっている可能性が怖く、押さえまで評価を下げて予想していた馬だ。この16キロ増は、まさしく馬が硬直化し、絞るのを自らやめてしまったことを表している。この馬体重で、同馬はほぼ消えた。
位置取りショックの「仕掛け幅」と「馬体重」が覆う、ドナアトラエンテの未来
ドナアトラエンテの馬体重が目に入ったとき、思わずぎょっとした。
前走先行して凡走し、今回陣営が「差しに回る」と表明していたので、4番手評価にした馬だ。これは、陣営と作戦を共有する、「意図的な位置取りショック」として、Mではかなり好走確率の高いとされるショックになる。しかも、前走の凡走後で、ストレスもない。
だが、中10週開けたのに、12キロ減だ。ディープインパクト産駒は、MのL系要素が強く、基本的に馬体減りは良くない。それが休み明けなのに12キロ減で、本格化前の馬体重まで減ったのだ。
前走2番手から、今回大胆に最後方まで下げる位置取りショックを仕掛ければ、それでも来る可能性は高いが、中途半端に乗ると、この馬体重では体力不足で失速するだろう。
位置取りショックの大胆な「仕掛け幅」次第では、つまり最後方まで下げれば、シャドウディーヴァ、アンドラステの当面のライバルと考えていた同馬の脱落は、馬単的中に向けては朗報だが、スマートリアン、ドナアトラエンテと、ライバルの立て続けの馬体重による脱落は、3連複的中に向けては、なんとも不吉だ。
しかも、もともと展開次第でアンドラステも危ないレースだったので、予想で「単勝中心に」とコメントしたのだ。馬体重と馬場でシャドウディーヴァの勝ちはかなり濃厚になったが、相手はこうなると、流れ次第で何が来るか分からない。せっかく本命が勝っても、馬単すら当たらない確率が、一気に上がってしまった。
そしてスタート。
アンドラステが、いきなり出していく。「やばい。もう少し控えないと、追走に負荷を感じて飲み込まれるぞ・・・!」
シャドウディーヴァは位置を下げたが、外を回っていない。これなら集中力を持続できる。今日の状況なら、もうこっちは心配ないだろう。
直線。
アンドラステが案外粘っているので焦ったが、抜群の手応えでシャドウディーヴァが追い出されると、そのまま全馬を飲み込んで1着。2着にアンドラステが粘った。
万馬券が1点目での的中だった。
だが、3着争いは熾烈だ。マルターズディオサとドナアトラエンテが、接戦でゴール板を駆け抜けている。
しまった。マルターズディオサが追い込みに回ったのか・・・!
マルターズディオサは、前走出遅れて凡走したので、今回は前に行くと思い込んで評価を下げていた。ペースアップしそうなメンバーの今回、外枠から延長で先行したら、距離適性の短い同馬は、スタミナが持たないという読みである。しかし、追い込みに回って体力を温存してしまった。
ドナアトラエンテが3着なら、3連単の900倍も3点目的中なので、固唾をのんでリプレイを見る。
うーん、差されてるのか・・・・。
ドナアトラエンテは、道中10番手だった。もう少し下げて、幅の大きな位置取りショックを仕掛けないと、大幅減の馬体重による生命エネルギーの減退は、リカバー出来なかったということだ。
またラップを見ると、3ハロン通過が35.3秒と、たいして速くない。
なるほど、これでアンドラステは2番手でも粘れたのか・・・。
これまで何回か書いてきたが、「前半の入りは遅いけど、その後ペースアップする」のが、オルフェーヴル産駒のベストラップになる。1000m通過、59.4秒という、スタート後にペースを緩めない、理想的なラップ構成だった。3連単900倍3点目的中を逃したのは悔しいが、アンドラステのラップが、あと0.3秒ほど速ければ3着だったはずで、馬単万馬券1点目的中もふいになっていた可能性もある。そう考えると、仕方なかったのかもしれない。
<秋華賞>
忘れな草賞、オークスのステップが抱える、耐えがたい「重さ」とは?
「・・・これは危ない。美味しいな」
新聞を見て、最初に秋華賞の本命候補から除外した1頭が、後に本命にすることになるアカイトリノムスメだった。
前計量の馬体重が如何にも不味い。休養前と同じ450キロなのだ。関西への輸送を考えると、442キロくらいでの出走か。
Mでは馬体重は、馬の心身状態(バイオリズムのようなもの)を見極めるために、非常に重要な要素になる(馬体重の考え方は、MのHPを参照のこと)。休み明けの3歳馬が大幅減では、まず厳しい。好走しても、勝ち負けは無理だ。人気の一角が危ない馬体重なら、取捨選択には有り難い。
当初、本命候補で悩んでいたのは、7番人気スルーセブンシーズと9番人気ステラリアだった。スルーセブンシーズは前走2着のストレスはあるが、『ウマゲノム』にもあるとおり、内枠の混戦を得意とするのがドリームジャーニー産駒だ。
最内枠の内回りで混戦は有り難い。前走も同じ小回り中山2000mの最内枠だったので、しぶとさを発揮して好走した直後なのは嫌な材料で、前走のストレスはある。それでも、これがまだ重賞3戦目だ。しかも前走が休み明けなのを考慮すると、中長期ストレスは、むしろ他馬と比較して少ない部類だろう。
ステラリアは、休み明けで重賞はまだ3戦目。鮮度十分で、2走前には今回と同じ阪神2000mのOPを勝ち、適性も十分だ。
弱点としては、キズナ産駒は揉まれ弱いわけではないが、ブレーキを掛ける競馬を苦手としている点が挙げられる。内回りの16頭立で2番枠は、少しマイナスだ。ただ単勝38倍は、そこに目を瞑っても魅力的である。
上手くばらければ、なんとか馬群もこなせるか・・・。
そのときだ。
「あ、この2頭、活性化が足りないぞ・・・!」
秋華賞は内回りの多頭数2000mで行われるので、闘う意欲(S質)、忙しさの対応といった、府中牝馬S同様、活性化を施していないと後れを取りやすいレース構造なのだ。
阪神に替わっても、同じ内回りなので、この傾向は変わらないだろう。
活性化の影響レベルを確認する為、慌てて私は秋華賞の過去データを、活性化にだけ着目して、洗い直した。
「やはりか・・・」
過去、3走前に忘れな草賞を勝った馬は、11頭中1頭のみが3着以内で、あとは全て馬券圏外に消えている。2走前に忘れな草賞を勝った馬も、2頭とも馬券圏外に消え、惨敗している。
何故、今回と似た条件を勝った馬が不利なのか?
これこそが、活性化だ。
忘れな草賞は阪神内回りだが、まだ2歳春の時点の牝馬には、阪神2000mは体力的に、相当長く感じる条件になる。そのため、ペースは上がらず、極めて単調なレースになる。
また、忘れな草賞を勝つと、次走は普通、オークスだ。オークスも東京の2400mに各馬延長で向かうわけだから、基本的には単調な競馬になる。単調な競馬を重ねてきた馬が、内回り2000mのGⅠでは、活性化不足で、如何にも忙しく感じるのだ。
「いや、今年は京都でなく、忘れな草賞と同じ阪神だから、大丈夫では?」と考えるかもしれない。
そこは確かに若干プラスだが、京都だろうが阪神だろうが、内回りの多頭数2000mのGⅠが忙しく感じることには、なんら変わらない。同じ阪神2000mを好走していても、その構造にあまり変化はないのだ。
・・・困ったな。
人気馬は、それぞれ微妙にストレスがあって、敢えて人気で本命にする理由もない。
5番人気以内の中で、一番ストレスがない、M的に狙えるのは、馬体重を抜きにすれば休み明けのアカイトリノムスメだけど・・・。
加えて、活性化面でも、確かにアカイトリノムスメは最も優秀な馬だ。
M的重賞データ分析
~馬の記憶が紡ぐ、データ馬券の現場~
ここで、毎週「競馬予想GP」やコンビニプリントなどのメディアでレース前に掲載しているデータ分析を、少し抜粋しておこう。
以下は、オークス3着以内から直行組の分析になる。
それによると、
オークス3着以内だと、9頭中5頭が今回も3着以内に走っている。その中でも、前走2番人気以内だと、6頭中5頭が3着以内と安定感が高い。人気以上に頑張った馬でなければ、激走ではないので、好走してもストレスが薄いということだ。前走2番人気だったアカイトリノムスメには、支援材料になる。
ただ、唯一来なかった馬は、当日2番人気だったので安心も出来ないという解説もあった。その人気を裏切った馬は、「チューリップ賞→桜花賞→オークス」のステップだったとのこと。つまり、王道路線過ぎて、中長期の蓄積ストレスがきつかったのだ。
アカイトリノムスメは、3走前が別路線のクイーンCで、4走前が1勝クラス。王道路線ではないので、そこまでの中長期ストレスはない。これもプラス材料だ。
だが、最後の解説は気になる。「前走3角6番手以降だと6頭中4頭が来ているが、7番手以降だと3頭中1頭と率が落ちて、唯一来た馬は道悪の年だ」というのだ。
前走6番手以内と前に行っていた馬が有利なのは、もちろん、活性化の問題だ。単調なオークスで差して好走しているようだと、休み明けの内回りでは、競馬がタイトに感じ、嫌気が差して投げ出してしまう。
しかし、「道悪になると、馬場が重くばらけるので、活性化の弱い馬でも好走しやすくなる」。これはMの基本概念だ。
となると、雨交じりの予報だが、午後は晴れるので良馬場が予想される今年は、基本的に危ない。
中でも、ユーバーレーベンは危ない。同じオークス3着以内馬だが、前走が3角10番手で、しかも2走前は長距離の2000mフローラSだ。あまりにも、活性化が弱い。
では、アカイトリノムスメはどうか?
同馬の場合は、オークスの1角は5番手だった。それがごちゃついて、道中10番手に下がったのだ。しかも、ペースはオークスにしては相当タイトだった。
実際、追い込み馬が上位を独占する中、序盤で前に行った馬では唯1頭、6着以内に好走したのである。
オークスで本命にしていたので、展開が合わずの2着で、かなり歯ぎしりする結末だったのを覚えている。普通の流れなら、完勝している内容だ。
だからこそ、前走10番手でも、かなりタイトな経験をしているので、活性化はある程度なされている。加えて、2走前は1600mの桜花賞で、しかもハイペースを3角3番手で揉まれ込む競馬だった。ユーバーレーベンと違って、2走前にも、十分活性化されているのだ。
したがって、前走3角10番手でも、この場合、活性化面はなんら問題がない。
このようにデータ分析は、その意味するところを考えて、馬に合わせて微調整すると、より正解に近づける。
またアカイトリノムスメには、最後のスパイスがあった。それは、今年が阪神という点だ。
例年以上に体力を要求される。それなら、オークスで前目に行って唯一粘ったその体力が、ここで遺憾なく発揮されるだろう。
明日の馬体重へ、・・・賭けた!
つまり、問題は馬体重だけだった。
「ここは勝負に出るしかないな・・・」
これまで、前計量に何度もだまされていた。事前発表でM的に減ってはいけないステップの輸送馬が減っていたので評価を下げたら、何故か当日は減ってなくて、激走されたりとかだ。
今回も、案外あまり減らないかもしれない。国枝調教師は、このレースへの馬の作り方を、輸送を含めて熟知している。狙ったGⅠで、そんなに馬体を大きく減らしてくるだろうか?ここは4キロくらいまでの馬体減りに収まる可能性もある。
それなら・・・、勝てる!
ということで、「入れ込み伴う減りすぎ注意」と解説し、本命にした。
予想を各メディアに送った後、私はやけに静かだった。
あのスプリンターズSで覚えたような動悸は、全くしない。穏やかな充実感が、そこにはあった。
これは、減らないかもな・・・。
闘鶏場を覆う大きな影が、ゆっくりと晴れようとしている。「大文字の他者」が、明日はやってくるのが、直感で分かった。
そして当日。
朝から雨だ。雨も体力面でアカイトリノムスメには有利だが、府中牝馬Sと同じで、降りすぎると活性化の弱い他の馬にもチャンスが出てくる。また、雨で外が全く伸びない馬場になる可能性も出てくる。
「内から乾いてきて、1番か2番だったのかも」
少し不安になった。
が、雨は早々に上がり、晴れ間が見えてきた。
レース前、馬体重の発表。恐る恐る、数字を見た。
あ、・・・勝った。
2キロ減だったのだ!
4~6キロ減を覚悟していたので、思わず天を見た。
4キロだと勝てる可能性が高いが、6キロだとぎりぎり。その勝負だと思っていたが、2キロ減である。賭けに勝ったのだ。パドックもいつもと同じ状態で、気になるほどの入れ込みもない。
世界が微笑むときは、こんなにも、スムーズに条件が整うものか。
馬場も、馬体重も、アカイトリノムスメに向いた。しかも、ライバルのソダシのパドックは硬い。走る気が無さそうだ。
前走、初の古馬相手に短縮を激走したというショック療法が、マイナスに出てしまって、心身に反動が出た形だ。オークスの3角5番手から前走3角1番手と、前に行く位置取りショックを決めて勝った反動も出ているのかもしれない。別路線の鮮度より、反動の方が強かったか・・・。
アンドヴァラナウトの4キロ減も怪しい。本格化前の昨年の馬体重まで落ちたのだ。しかも、同馬はここ2走、単調な流れで勝っている。そのため、タフな阪神に向かうのに、今回最大のネックは、「体力面」だった。
「必要以上の馬体減りは、特に体力がネックになっているステップの馬には、かなり危険な要素になる」ので覚えておきたい。スローになって体力ロスなく内々を回らない限り、ゴール板では、確実にエネルギー切れになる。
ソダシで、改めてショック療法と、その反動を体感する
スタートが切られた。
アカイトリノムスメはスタートを決める。進みは良いが、スローの外々を回っている。その前後の福永アンドヴァラナウトはスローのお手本のようにロスなく回って、ルメールも上手く後ろで矯めている。
「この形では、さすがに勝てないか」
スローでこの競馬だと、余程のイン荒れ馬場でないと普通失速する。
まさに、好事魔多しとはこのことか・・・。
道中、早くもソダシ吉田隼人の手が動く。
「あれれ、走るのを嫌がってるぞ!」
直線、嫌がるソダシを尻目に、早めに抜け出したアカイトリノムスメは、失速することなく、伸び続けた。
結果、完勝。普通はスローで好位の外々回ると物理的に不利だし、馬が馬鹿らしく感じて戦意を失うものなのだが、最後まで垂れなかった。
かなり強い内容だ。
だが、これはアカイトリノムスメが量の豊富なディープインパクト産駒というのもあるだろう。そのため、外を回る競馬自体が向いている面も大きい。例えば同じ競馬をキングカメハメハ産駒のアンドヴァラナウトがもし行ったら、恐らく6着くらいだったはずだ。
「キングカメハメハ産駒は、体力的にぎりぎりの条件のスローで外々を回ると、気持ちが切れる種牡馬」になる。
当日の天気と馬体重が微笑んだ二日間は、こうしてゆっくりと、暮れていった。