
石川温さんと振り返る「2023年テック業界」(01)
毎月専門家のゲストをお招きして、旬なネタ、トレンドのお話を伺います。
今回から2023年内最後の対談シリーズをお送りする。
お相手はライターの石川温さん。西田は取材現場で毎週のようにお会いし、海外取材でもしょっちゅうご一緒している関係だ。
ただ、2人のテック業界に対するスタンスや専門とする領域はけっこう違いがある。それだけに、2人の視点をあわせると、全体をより広く俯瞰できるのではないかと思う。
なお、本対談は10月第二週、ロサンゼルスでAdobe MAX取材中に行われた。(全5回予定)
初回は全文を無料公開するが、来週以降の続きは購読者もしくは単品購入者のみが閲覧可能なので、ご容赦を。
■「Pixel人気」はなぜ生まれたのか
西田:今回は今年1年……というよりも、ここ2年ぐらいの、スマホPC業界とかテック業界の状況の話をしたくて。
お互いテック業界を、それぞれちょっと別の角度から見てるわけじゃないですか。だから答え合わせをしたいな、というのはあります。
じゃあ、スマホから行きましょうか。
石川:そうですね。スマートフォンは……このタイミングだからじゃないですけど、やっぱりGoogle Pixelが相当強くなってきたなっていうのはあって。日本市場だとドコモが扱うようになって、3キャリア体制になって、競争環境が整った。今まではSoftbankがやってKDDIがやって、というとこで、とはいえキャリアとしてはあんまり力が入ってなかったのが、キャリアとしてもドコモが入って売るようになったというのもありますし。
なにせやっぱりGoogleがお金をいっぱい投入してるな、というところはあるのかなと。
西田:ちょっと前――ちょっと前と言っても3年ぐらい前ですけど、3年ぐらい前って、やっぱりある種の認識として、「Pixelを買うのは特殊な人だから」っていうのがあったじゃないですか。
でも明らかに今年、去年のaシリーズあたりからだけど、普通の人向けにちゃんと売る、というのをキャリアもやるようになってきた。やっぱりだいぶ変わりましたよね。
石川:そうですね。「消しゴムマジック」などの機能がわかりやすく面白いものとして伝わるようになってきました。Googleも押しているし、メディアとしても扱いやすいし、それが一般に伝わってきてるって感じがする。
で、さらに、今回の「音声消しゴムマジック」とか「ベストテイク」とかっていうのは、さらにわかりやすいだろうなと。ま、この辺の話はたぶん後ほどいろいろと掘っていくところになると思うんですけど。
という中で、やっぱり、Googleが強くなった一方で「日本メーカーとかやべえな」という感じで。
西田:そうなんですよ。
スマホ全体を見た時に、グローバルだとミドル以下が売れ行きが少なくなって、ハイエンドに集中してる。で、日本国内を見てみるとハイエンドは買いづらいんだけど、かといってじゃあミドルが増えてるかとそんなことはなくて。単に、ハイエンドを長い間使う人が増えたとか、キャリアの交換プログラムを使う人が増えたってだけですよね。
それこそコロナ前だったら、ハイエンドのそのゾーンにXperiaがいて、AQUOSがいて、変わった人がPixel買って……みたいな感じだった。あと、Galaxyもそうですけど。
それがどんどん、メインストリームでAndroidを買う人のチョイスも変わってきた。今はたぶんファーストチョイスがPixelで、セカンドチョイスがGalaxyで、AQUOS、Xperiaみたいな感じに変わってきてますよね。
これは結構日本メーカーはつらいなと思うんですよね。
石川:そうですね。割引規制が厳しくなって、高い値が買いにくくなったっていうところで、やっぱり値ごろ感が重視される。
さらにね、円安とか部材不足とかによって値段が上がってるところがある中で、割安感で言うとPixel 7aが一番ハマってきたというとこもあるし、PixelはGoogleの場合謎の割引がいっぱい適用できたりとかするとかもあったりするので。
今回のPixel 8ですら、Proだったらオンラインストアで買えば5万円のクーポンをもらえたりもするので。
西田:ですよね。
石川:ああいうのは他のメーカーじゃできないので、結構厳しいなと。富士通=FCNTとか京セラが事業を見直したりとかってのもある。
だから……シャープはおそらく特殊端末というか、キャリアが企画する端末とか請け負ったりもできるので、まだなんとか生き延びる感じがするし、ソニーもね……なかなか、どうすんのかな、という。
西田:若い人にXperiaを売りたいとか言ってるのはすごくわかるし、製品が悪いわけではないんです。でも、積極的にXperiaを選ぶ理由がないよね、というのがやっぱりあって。
ソニーはその辺をどう考えてんのかなっていうのは、気になりますよね。
石川:やっぱり今、結局ソニーってプレミアム路線。家電というかね、エレキ全体が厳しいんですけど、とはいえ、プレミアム路線でなんとか、カメラのαとかが生き残ってる。その中で本来はXperiaもそっちで行きたいんだけど、いかんせん「高いものを買う」という市場性がなかったりもするので、じゃあXperiaでは安いものを出すかというと、それも難しかったりもして……。
西田:だって普通の人の考えからすれば、Xperia 5シリーズだって十分ハイエンドなわけじゃないですか。それより下をガンガン売ってくことは、おそらくちょっとあり得ない。Xperia 10の数量を増やすっていうのはそれこそないと思うし。
じゃあXperia 1とか、特別端末、Xperia RPO-Iみたいな端末を増やして、そこにユーザーがつくかっていうと、それもちょっと考えづらいなっていうのがあるので。
そうした時に、じゃあ選ばれるハイエンドスマホってなんだろう、と。いわゆる、折りたたみじゃないストレートなスマホ端末って、もはやソフトでゴリゴリに差別化したものしか買ってくんないと思うんですよね。で、それができてるのって、グローバルで言ってもPixelとGalaxyだけじゃないですか。
石川:うんうん。
西田:ま、中国系はちょっとあれだけど。でも、中国系の場合には、市場がもう全然変わっちゃっていて日本などに入りづらくなってはきているので、イコールにはできないと思う。
石川:ハード的なものとか、デザイン的なものはもう完成されてるので、この先もしばらくはこの形だろうし、見た目のインパクトの驚きとか、新しさっていうのはないんだろうな、と。そういういう中ではほんとにAIとかソフトウェアテクの勝負になってくるので、やっぱりそこができるGoogle、Appleと、体力的にSamsungというところがおのずと生き残ってくるのかなって気はしますよね。
西田:そうですよね。2つ折りってやっぱりちょっとマスにはならない。
1回使うとハマるんだけど、じゃあ、ハマるからといって、使ってない人にどんどん訴求するほどの力があるかというと、やっぱり弱いかなっていう気はするんですよね。値段の問題だけじゃなく。
石川:そうですよね。便利だけど、意外と開くのめんどくさいなってのもあったりもするので。なかなかね、難しいですね。
西田:ここまで重いんだったら、別に普通のでいいんじゃない?みたいな感覚っていうのは、いわゆるテッキーな人じゃない人には十分ある話だと思うので。
そうすると、Galaxyは頑張って2つ折りを出してるけど、やっぱり他のところがついてこないので、1人で頑張るしかない、みたいなとこになっちゃうなっていう。
石川:ね。思った以上に市場が拡大してないっていうか、ユーザーが増えてない感じもするので。
西田:そうですよね。ま、高いけどね、何よりも。
石川:もうちょっとね、きっちり対応したアプリケーションが増えてこないと使いにくいところもあったりもするし。
西田:2画面とかって考えながらじゃないと使えないじゃないですか。
石川:そうそう。
西田:便利なんだけど、PCと同じように考えながらスマホを使ってるかというと、そうでもないっていう。
石川:意外と人間って、2つのことを同時にこなすって難しいですよね。あと、2つの機能があってもなかなか使いこなせない、みたいのがあったりもするので。
西田:そうするとやっぱり、スマホの最適解として、PCと同じようにいろんなことができればいいかというと、そうでもないよな、ってのが出てきてはしまいますよね。
■Appleはこれからなにをするのか
石川:ただまあ、今回のPixelしかり、まだまだやっぱりAIの進化はあったりもすると思うし、AIがもっと使い勝手を上げてくる感じもするので、進化という面で言うとちょっと面白いフェーズに入ってきたのかな、というのは感じています。
西田:今はまだ日本だと実装されてないですけど、GoogleのBardにGmailとかGoogle Docsとか、あの辺を全部連携していくじゃないですか。それこそチャットで聞けば、Gmailの中身から引っ張ってきて飛行機のチケットを予約してくれるとか。
そこまで行けば、それはやっぱりめちゃめちゃ便利だし。そのためには、オンデバイスAIが乗ってないといけないわけじゃないですか。
石川:そうそう。
西田:そうなると、Androidで最初にできるのは当然Google。OSを提供してもらってるところである他のメーカーが簡単についてくるかというとそうじゃない。
そこで自社ブランドのAI、SamsungだったらBixbyで実現されてユーザーが使うかっていうと、まあ使わないっすよね。
石川:そうですね。
西田:Appleは何もやってないから――やってるのかもしれないですけど、表に見えてきてないからわかんないですけど、なんかその辺どうなのかな?って気は若干。
石川:そうですね。AppleがどこまでAIで――機械学習的にはいろんなことをやってますけど、そういった他社に対抗するようなAIエージェントをSiriでやっていけるのかな?というところは結構謎ですよね。
西田:昔から――だいぶ前から、Appleの発表会って面白いかというと、そんなに面白くない。言ってしまえばね。
デバイスが出て、こういうのが綺麗ですとか、かっこいいですというのはあっても、想像もしなかったような未来の話、未来的な機能の話を出してくるのはGoogle I/Oだったりするわけじゃないですか。
石川:そうですね。
西田:だから、その辺のバランスはどうなのかなとは思いますけど。
一方で、iPhoneを持ってる人やiPhone持ってる人同士で快適にするとか、iPhone持ってる人がAirPodsを持ってると快適になるとか、っていう話で言うと、ゴリゴリにいろんな工夫があるわけじゃないですか。
石川:そうですね。そこの横連携には、他社はちょっと太刀打ちできないなってのはすごく感じますよね。
西田:NameDropとか、新しいUIのAirDropとか、機能としては昔からあるものなんだけど、ああやってタッチでピロッと動くのを見せられると、「おっ、何やってるんですか?」って感じになるじゃないですか。
石川:あれでiPhoneユーザー同士がどんどん囲い込まれていく感じもしますし。あと、この間の9月の発表会で実感したのは、名前の付け方。意味不明のAirPods第2世代。
西田:はいはいはい。まったくわけがわからない。
石川:わけがわからないんだけど。
ただ、あれがApple Vision Proと繋がると、ロスレスの綺麗な音が聞ける、みたいなことになっている。すごく考えられてるなと思ったし。
あと、Apple Watchのこれ。トントン。
西田:あ、はいはい。ダブルタップ。
石川:どっかでやったことあるなと思ったら、Vision Proの操作もこれ(ダブルタップ)なんですよ。
西田:ああ、はいはい。
石川:操作体系も、違う製品なんだけど同じものを使ったりとか。いろんな製品間のUIとか、そういった機器間の連携とかがちゃんと考えられて作られてるな、というのが、ちょっとすげえなというか、他はちょっと追いつけないな、と考えてるところですね。
西田:AirPods Proの新機能である「適応型オーディオ」とか。確かに、あの機能を使うと、今まであった操作をしなくていい。ゼロにできるじゃないですか。
でもノイズはちゃんと消えてるし、でもアナウンスは聞こえるし、音楽聞こえるし……みたいな。
Pixelも同じようなことやってきたんだけど、でもそれって単にスイッチしただけだよね、みたいな感じで、体験が結構違いますよね。
石川:そうですね。
西田:そこを考えると、まあやっぱり、スマホだけ見るとiPhoneは面白くなくなってるけど、全体を見ると、Appleはやっぱり「やってることはえげつねえな」ってのは感じますよね。
石川:やっぱりVision Proに関しては空間コンピューティングのOSもやってますしね。iPhone、iPadのアプリがそのまま使えるというのは、他社がどうひっくり返ってもそこでは対抗できない。
結構ね、ああいったスマートグラスとかXR系の機器でいうと、Appleの一人勝ちになっちゃうんじゃないのかなって気がしますね。
■Vision Proをもっと多くの人に体験してほしい
西田:ちょうど出たんでその話をしとこうと思うんです。
Vision Proを我々は体験してるわけじゃないですか。で、あの発表から既に3、4か月経ってるのに、未だにいろんな人に「あれはどうなんですか」って聞かれるわけですよね。
確かにすごい体験だとあの時は思ったし、あれはなんだったんだろうなと。
で、これから大量に売れるかっていうと、高いからそんなにいきなりは売れないと思う。ただきっとあれをみんなが体験するようになると、我々がいきなり語彙がなくなって「すげえ」しか言えなくなった感覚がたぶんわかってもらえると思うんですよね。
石川:そうなんですよね。早くいろんな人に体験してほしいな。
西田:そうなんですよ。自分たちの体験の答え合わせみたいなものが、我々の仲間内でしかできてないじゃないですか。
石川:そうそう。仲間内ですらね……なんかね、もっと足りないな、という。
西田:何を言うかわかってる人としか答え合わせができてない感じがするんで。
石川:逆に――こんなこと言っていいかわかんないけど、Vision Proを知らない人との会話ってなかなか難しいな、というか(苦笑)
西田:それは、うん。
石川:すげえ上から目線かもしんないけど(苦笑)
西田:確かに答えづらいんですけど、Meta Quest 3のレビューがそうで。
みんな絶賛してるわけですよ。ところが、Vision Proを通ってきてしまったので、私は絶賛できないというか。
石川:ですよね。そこを西田さんはいろいろとモヤモヤを抱えてるんだろうな、という。
西田:いや、いいものなんですよ。8万円で買えるものとしては素晴らしいんだけど、でも、「これが世界を変える、素晴らしい」って思えるかというと、いや、そうではないな、という。
石川:世間にはまだ上があるよ、という。
西田:上があるよっていうのが。
で、それを「まだ上があるよ」って言い方をすると、やらしいじゃないですか。ぶっちゃけ。
石川:そうそう。めちゃめちゃやらしい。
西田:やらしいんだけど、今あなたが驚いてるところは、結構前に通り過ぎた道なんですよ、というところはあったりするので。この感覚がなかなか共有できないのがもどかしいんですよね。
ケチがつけたいわけじゃないんですよ。
7倍値段が違うんだから、全然別のものなんだけど、目の前で見てる、今皆さんが手にできるようになったデバイスが世の中を変えるような体験なのか、って言われると「それは違うよね」っていう。もっとすごいのが来ちゃうのがわかってるので。
で、多分それって、たとえばiPhoneが出て、Androidが出て、そのGoogleのファーストモデルのAndroidを触った人がiPhoneを知らなかったとしたら、たぶん同じこと言うと思うんですよ。
石川:そうですね。うんうん。あの時もやっぱり別物でしたから。別物っていうか、やっぱり作り込まれてる感じがiPhoneにはありましたからね。
西田:ベクトルは同じ路線に乗っかってるんだけど、やっぱり何年間か差があるなって感じたのは事実で。
石川:やれることは一緒なんだけど、ユーザー体験が実は違う。
西田:そう。で、そういう商品ってそこそこ増えてきてるじゃないですか。それはどう伝えればいいのかなってのは時々思いますよね。
「ユーザー体験が違う」って、もちろんそれは素晴らしいことなんだけど、ユーザー体験ってスペックじゃないから。記事をちゃんと読んでもらわなきゃいけないじゃないですか。もしくは動画を観てもらわなきゃいけない。
でも、世の中の人って見出ししか見てなかったりするので。
石川:そうですね。しかもTwitterから見出しがなくなるし、みたいな。
西田:そうそうそうそう。で、さらにはVision Proの話を書いて「素晴らしい」って書くと、Appleにいい感情を持ってない人にから見ると、「また褒めやがって」と見るわけですよね。
で、それは確かにその通りなんですよ。
今だったら、Adobe Maxの取材に来てて、Sneaks(スニークス)ですごいものが発表されましたと。
いくつかリプライが来たんだけど、「Stable Diffusionを使えば、コード書けばできることをAdobeはやってて、それをすごいというのはのはどうなの」みたいな反応がある。いやいやちょっと待って、と。じゃあコード書けば同じようにできるというのと、目の前で1クリックでブーン!っていうのとでは、体験は違うよねと。
「体験がいい」っていうのが圧倒的に素晴らしいことなんだけど、でもそれを、技術がわかってる人にちゃんと伝えるにはどうしたらいいか、みたいなところも。
石川:確かに確かに。
西田:もちろん、全然知らない人は体験――見ればわかるから、そっちのほうがストレートでいいことだと思うんですけど。
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