
在米日本人・inuroさんに聞く「アメリカン肉料理事情」(01)
毎月専門家のゲストをお招きして、旬なネタ、トレンドのお話を伺います。
今回から対談は新シリーズに入る。
本メルマガはテックにまつわる題材を扱うことが多いのだが、今シリーズはそれとは全然関係ない。 題材は「料理の話」だ。
ご登場いただくのは、アメリカ在住の日本人であるinuroさん。あるテック企業で働くエンジニアなのだが、彼のお仕事の話はまったく出てこない。
inuroさんとはもうずいぶん前、彼が日本にいる時からのお付き合い。私が渡米するタイミングで時々彼のところにお邪魔するのだが、これが毎回非常に美味しい。特に「肉」がすごい。

そして、肉の美味しさと同じくらい、その調理に関する話を聞くのも楽しみになっている。日本で知る肉の調理方法とはちょっと異なり、しかもそのアプローチがとても「エンジニア的」なのだ。
というわけで今回のシリーズでは、日本とアメリカの食事情の違いから美味しい肉の調理法まで、inuroさんの目を通してみた「料理」の世界の話を語り合ってみた。(全5回予定)
なお、noteでは初回のみ無料公開。対談2回目以降はぜひご購読もしくは単品購入をご検討ください。
■「安くてうまい」がない国だから料理するように
西田:今回は料理のお話を聞きたいんです。
アメリカのご自宅にお伺いした時などになんども手料理をいただいていますが、毎回美味しくて。なにより、inuroさんがアメリカでご飯を作ってる様子を見ると、本当に楽しそうなんですよね。

その辺、なにがアメリカで起きてそうなったのか、ざっくばらんに伺えればなと思っています。
inuro:お願いします。
西田:料理って、日本にいる間もやられてたんですか。
inuro:そうですね、日本の時から、料理は好きでやっていました。でも、頻度高くやるようになったのは向こうに行ってからですね。
西田:それってなんでなんですか。
inuro:原因としてでっかかったのが「外食が高い」っていうのと「美味しくない」という。あと、「量が多い」。
西田:わかりやすいですね。
inuro:日本だと外で食べるところって、かなり満足度が平均的にすごく高い。そこまでね、料理しないことで不利益を被るということはなかったんですけど、アメリカの場合は違う。
本当に、外食についてはコストはだいたい日本の2倍ですよね。肌感で。
西田:うんうん、そうですよね。
inuro:というのもあるしね、家族が4人もいるし、というのもあって。どうしても作るようになった。
それに関連もするんですけど、あの国はやっぱりね、資本主義の権化みたいなところがありますよね。「安くて美味い」が存在しないじゃないですか。
西田:そうですね。ええ。
inuro:正しい社会主義国家にある、安くて美味い人民食・吉野家みたいなものはなくて、正しく資本主義に侵された、払っている人件費なりの味しかしない。
そういうのがあるんで「作っちゃおう」っていう。
まずそこが1点と。
で、もう1つで言えば、カリフォルニアは、かなりやっぱり農業国なので。
西田:はい。
inuro:素材は安くて美味しくて、でかいんですよ。
さっき外食は2倍って言いましたけど、食材の値段については1.1~1.2倍とか、そんな感じかな。均すとそんなもんだと思うんですよね。
西田:なるほどね。
inuro:肉で言えば全然アメリカは安いし、まあ、野菜はトントン、卵は高い……とか、そんな感じで。均していくと食材単位だとあんまり差がなくて、やっぱり作ったほうが断然コスパがいい。生産国だから味も美味しい。
その2点がでかかったですね。きっかけとしては。
■日米家庭料理事情の違い
西田:最初、なにから作り始めました?
inuro:えーっとね……Facebookの記録を見ると、家族の合流が1ヶ月先で、僕は最初に7月の半ばに行って家を用意してっていう感じです。その時はアパートメントを会社からレントしてもらって住んでたんですけど。
その記録によれば、やっぱり肉を焼きに行きましたね。
西田:やっぱり肉ですか。
inuro:ステーキをどう焼くか、ってことで。
西田:はい、はい。アメリカのいわゆるマーケットというか、日本で言うところのスーパーに行った時に感じるのが、「うっ、肉すげえ!」っていうスケール感で。もちろん、いろんなもののスケール感が違うので、それ自身はそもそも面白かったりするんだけど、肉売り場に行った時の「なんだこの肉は! これでこの値段なのか!」みたいな、量に対する感覚みたいなものの麻痺感がやっぱりすごくて。
そのインパクトはやっぱ大きかったと思うんです。
inuro:ですです。
で、もう1個でかいのが、逆に、魚がやっぱり全然プアなんですよね、スーパーで。つまり、それなりにサッと作って、ガッとインパクトがあって、ならではってもんだと、やっぱり肉しかないんですよね。
西田:わかりやすいですね。
肉を焼くのも、最初のうちは、やっぱりアパートメントだったんでグリルかなんかで焼いてたんですよね、きっと。
inuro:ですね。まあ、アパートの中なんでしょうがなく、そこの備え付けの機材でやるんですけど、それはそれでめちゃくちゃプアだったんですよね。
西田:ああー。
inuro:これもアメリカの面白いところで、料理好きな人の家じゃなければ、概ねキッチンはものすごくプアなとこが多いんですよね、実は。
西田:前に聞いたんですけど、アパートメントだとアジア人と契約したがらない理由が、「料理をみんなするので、キッチンが汚れるから」という話があるとか。
inuro:確かになるほどと思うのは、キチネット(簡易キッチン)とかで体験されてるかもしれないですけど、基本的に換気性がないんですよ。恐ろしいことに。
西田:あ、ないですね。はい。
inuro:そしてね、あの有名なアメリカのあの謎機械、レンジのオーバーヘッドに取り付ける電子レンジ兼換気扇に見えるもの。
西田:はいはいはい。ありますね。
inuro:あれもね、最初のそのアパートメントで肉焼く時、当然ながら、「これ、換気扇か。なんでレンジと一体化になってんだろうな、変なやつだな」と思ってつけるけど、下から吸気した煙は、全部上からそのまんま排出されて部屋に行くだけという
で、やっぱり、いわゆるスモークのアラームを鳴らしちゃって。
これは油料理してたら、確かにどんどん部屋汚れるわ、というのはわかります。
西田:そうですよね。
で、そこから最初はやっぱりグリルで焼いて、次、家族と合流してから、ちょっとしっかりと、みたいな感じになったんですか。
inuro:そして、実は今の僕の家のキッチンも、プアなのはそんなに変わんないんですよね。なんせこう、熱源も電熱線ですからね。
西田:電熱線!
inuro:昔あった、懐かしのニクロム線の簡易コンロ、あったじゃないですか。あれのお化けみたいな感じで。
西田:なんか、大学入って最初に入った安いアパートがそうだった感じの記憶ですね。
inuro:そうそう(笑)。4口あるんだけども、全部基本は電熱線なんですよね。
西田:4口あって電熱線なんですか。
inuro:そうなんですよ。なんでやねんって思うんですけどね。IHでもない、電熱線。
西田:それはすごいな。
inuro:そしてまあ、電熱線で火が上がらないんで、中華鍋みたいな丸底の鍋が全然使えないというね。
西田:そうですね。
inuro:というのもあって、フライパンで焼く分には意外といいんですけど、やっぱりどうしてもレンジがプアなのと、さっきの換気扇問題は、うちもそうで。
あるにはあるんだけど、日本で言うと便所の換気扇と大して変わんないんじゃないかな、ぐらいの。
西田:ハハハ。なるほどね。
inuro:出ていかないんですよ。煙が。
そこでばんばん肉焼いたり中華作ったりしてると、本当に家の中が真っ白になっていくんで。匂いがつく以前に、ほんとに二酸化炭素アラームが毎回毎回鳴って。
西田:毎回毎回。そうか、そのレベルなんですね。
inuro:ですです。で、最初はアラームを取り外してたんですけど、「いや、それは本末転倒だな」と(苦笑)。
西田:なるほど。じゃあ、「ガチに肉を焼く時には、これは外に出ざるを得ない」っていうところで、お庭にどんどん設備が充実していくことになるわけですね。

inuro:で、またここで、アメリカのダディーたちはですね、バーベキューに凝るわけですよ。
西田:そうですよね。
inuro:そして、アメリカ人が凝ってる分野って品揃えもめっちゃ多いし、機材も安いし、その環境を整えるのがとても容易、かつ低コストなんですよ。
僕はweberっていうブランドのグリルを使ってて、ガスとチャコール(炭)、どちらも愛用してますけど、詳しくは調べてないけど、たぶん日本の半額ぐらいなんじゃないのかなと思いますね。
西田:あ、そんなに値段が違うんですね。
inuro:うん。weberグリルはね、安いやつはめっちゃ安いんです。何年か前に、南青山にweberの路面店が建って、デモンストレーションもやってるんですけど、いくらだったかな……日本だと、でもまあ、安いやつは安いか。ごめんなさい。さすがに倍ってことはねえな。
西田:それでもやっぱり結構な値段差があるってことですね。
inuro:チャコールグリルは5万円とかするもんな。うん、そうですね。
西田:なるほど。
inuro:でも本当ね、100ドル、200ドルで、その辺のグリルが買えたんで、まずそこから始めて、という感じで。
■日本のバーベキューとアメリカのバーベキュー
西田:その辺、アメリカのお父さんたちっていうか、向こうの人たちがどう肉を焼いてるかみたいな話からフィードバックを受けたところってあるんですか。
inuro:実は、それは割となくて。あんまり参考になんないんですよね。何回か、他の家の誕生日パーティーとかでお邪魔して、焼くところを見せてもらってはいるんですが。
基本的に、アメリカのバーベキューって、ホストが、ひたすら1人で焼いて、それを披露するっていう感じなんでね、日本のみんなで運んで肉を焼くっていう文化がない。
西田:これ、多分1つポイントだと思うんですけど、日本のバーベキューというのは、「野外でみんなで焼肉をするもの」であって、アメリカのバーベキューは、「ホストが肉を焼いてサーブする」っていうものですよね。
inuro:そうそう。まさに、日本のバーベキューは、焼肉屋のあの焼肉を屋外で、っていうままですね。焼き台を外に持っていっただけ、という感じ。
西田:そうですね。
inuro:だけど、アメリカでもま、皆さん普通に放り込んで焼いているだけで、あんまりそこは参考にならなくて。
むしろ、プロがそれを使ってどう焼くかみたいなドキュメントだとか、動画なりだとか、そういったところもめっちゃ充実してるんです。バーベキューアソシエーションとかも、どういうふうに焼けばいいか、肉のカットだとか、炭の配置の仕方で、これで長時間スモークするみたいなのは、大体そういうドキュメントが充実してる。
そっちのほうがむしろ参考になります。
西田:一時期、僕もNetflixで、バーベキューのリアリティショーを見るのにハマってた時期があって。めっちゃこだわって焼くじゃないですか。あれがある種の文化としてすごく面白かったし、そもそも美味そうだったので、いいなとは思ってたんですけど。
焼き方とかって、肉の種類であるとか、焼き方、例えば低温調理してから焼くだとか、いろんなやり方があると思うんですけど、どんなふうにエスカレートしてったんですか。
inuro:最初はやっぱり炭だけで、みたいなやつで始めたんですけど、ちょっと、そういうステージが変わるきっかけは、肉温計ですね。温度計。
西田:あ、肉温度計。
inuro:あれを入手して、それで肉の芯温を見るようになって。
肉のベストな温度、例えばミディアムレアの温度は何℃か、みたいなことを考え、「よし54℃前後を目指そう」みたいな。
それで最初はね、温度計を刺して焼いて、「よし、もうすぐ54℃だ」って外すんですけど、そのままどんどん余熱で熱が上がっていって、「うわ、しまった!」みたいなのをなんべんか繰り返す、という。
西田:(笑)。
inuro:モニタリングはできるもんですから、「じゃあどうするのか」みたいになって。
その辺りが――最終的な温度もそうだけど、アミノ酸がよく分解される時間を長くすると美味しいし、殺菌的にもね、やっぱり54℃に達したら終わり、とかではちょっと足らない。だから温度を維持する必要があるんですよね。
「じゃあくるむとどうか?」とか、「いやそれだとやっぱり熱くなっていく」とか。途中から、表面を焼き上げた後に醤油をかけて火止めをして、表面温度を下げてそれで保温して置いてどうだ……とか。
あと、低温調理ですね。先に低温調理でやってからなら、表面を焼くだけだ、簡単!みたいなのもありーの。
ただそれだと結局香ばしくなんないんで、先に香ばしく焼いてから低温調理だ、とか。
いろいろそういうのに広がっていったんです。
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