山形のフラッグシップにしたかった
MNHの小澤です。
こうしてはじめた山形の食材雑貨店「縁日家やまがた」では、販売だけでなく、たまにイベントも開催した。
年始には、お客さんやスタッフの家族を呼んで餅つき大会を開いた。知り合いの庄内町の農家さんを呼び、店の一角で農産物を売ってもらったこともあった。日常業務に忙殺されてあまりできなかったが、そのような交流をもっとやってみたかった。
…とまぁ結構楽しんでやっていたものの、この事業の見通しは厳しかった。そして1年足らずで店じまいをすることになった。
改めてこの事業を整理してみると、ぼくはこの「縁日家やまがた」を山形の「フラッグシップ拠点」にしたかったのだ。つまり山形に縁ある人が集う拠点ができたら、ゆくゆくは「観光」につなげられるかもしれない、との想いがあった。
たとえば庄内町の知人は、みんな口を揃えて「新宿の伊勢丹に商品を置きたい」という。もしかしたら都会のデパートを、何でも売れる魔法の拠点のように思っているのかもしれない。だが、仮に商品を置けたとしても、そこで売れ続けるほど商売は甘くはない。
一方で、仮にここに山形の「フラッグシップ拠点」があれば、山形というキーワードで人がつながっていくだろう。事実「山形出身なんです」と店に顔を出してくれたお客さんは想像以上にいた。もっと交流を促せば、なにかコミュニティができた気もする。
そんな場になれな、庄内の人にも「この店で商品を売ってみませんか?」と提案ができたかもしれない。山形に興味がある人が集う場で売ったほうが、想いも伝えやすいし、継続的に売れる可能性も高いだろう。
さらに、コミュニティができていけば、彼らに紐づけて山形に新しい人を送り込むことができるかもしれない。観光地ではない場所だからこそ、仮に「案内するから一緒にぼくの田舎(山形)に行こう」とツアーを組んだら、参加する人もいるのではないか。
そして、この「フラッグシップ拠点」のモデルがうまくいけば、同じような課題を抱える他の地域にも応用ができるだろう。
「縁日家~~」と、どの地域でも名のれる店名をつけたのも、実はそのためだったのだ。