見出し画像

2024年私の読書ー「不安のインフレ」を抑えるために

この数年、「インフレ」という言葉を耳にする機会が増えた。物価上昇を表す「インフレ(inflation)」は、本来「膨張」という意味を持つ。そして、膨張しているのは何も物価だけではない。
 もう一つ、止まらずに膨らんでいるものがある。それが「お金の不安」だ。
 円安、物価高、そして老後への不安――これらが絡み合って、僕たちのこころを押しつぶそうとしている。この不安をどうにかして抑える方法はないのだろうか?
 不安を抑えるための本を、経済、社会、エッセイ、小説の各分野から一冊ずつ選んだ。

1.経済:現状の日本経済を知る

 まずは経済。不安を抑えるためには、まずはその原因を知ることだ。
 物価高の主な原因になっている円安。その正体について教えてくれるのが、唐鎌大輔氏の『弱い円の正体 仮面の黒字国・日本』(2024年、日本経済新聞出版)だ。
 1980年代、日本は「経済大国」としての地位を確立していた。僕が子どもの頃、メイドインジャパンの製品が世界中で売れに売れ、日本は「稼ぎすぎだ」と批判された時代があった。しかし、現在の日本は経済大国から陥落してしまった。それでもまだ、経常収支黒字国であり、表面的には、海外から入ってくるお金の方が多い。
 だが、本書が指摘するのは、その「黒字」の中身が非常に脆弱であるということだ。かつての「貿易黒字」が「貿易赤字」に転じ、いわゆる「デジタル赤字」など新しい時代の課題が重なっている。このような構造がいまの円安に結びついているのだという。本書は、労働力不足が深刻になる日本がどのように立て直しを図るべきかについて提案している。

2.社会:未来について共に考える

 その労働力不足という社会問題に切り込むのが、次に紹介する朝日新聞取材班の『8がけ社会 消える労働者 朽ちるインフラ』(2024年、朝日新聞出版)だ。
 少子高齢化が進む日本では、生産年齢人口(15~64歳)が現在の約8割にまで減少し(8がけ社会)、2040年には1100万人もの労働力が不足すると試算されている。
 この問題の根幹にあるのは、人口動態の変化だ。拙著『きみのお金は誰のため』の中でも書いたように、老後の不安の多くは、この人口問題に起因している。本書は、労働力不足という難局にどう立ち向かえばいいかをさまざまな視点から描いている。
 個人的に衝撃を受けたのは、空論を語る学者と悲鳴を上げる現場の声の乖離だ。学者の中に「労働力不足によって賃金が上がり、高齢者や女性が労働市場に出てくるから問題は解決する」と楽観視する人もいた。しかし、現実には多くの女性が家事・育児・介護というケア労働を無報酬で押し付けられ、そのうえで非正規雇用の低賃金で働かざるを得ない。この現実に触れると「女性が働けば解決する」という考えの視野の狭さがわかる。
 農業をどう守っていくのか、インフラをどう維持していくのか、まちづくりをどうしていくか。山積する問題に奮闘している現場の様子を知ると、自分もまた社会の一員として何ができるのかを考えさせられる。問題解決のヒントは自分たちの胸の内にあると作家の多和田葉子さんは説く。
「必然的に価値観は変わってくる。どんな未来になったら幸せか。想像できないなら、その未来を作れる可能性も少ない」

3.エッセイ:自分の価値観を見つめ直す

 どんな未来になったら幸せか。幸せとは何か。作家の森博嗣氏のエッセイ『新版 お金の減らし方』(2024年、SB新書)には、「価値は誰のためのものか?」「他者のためにお金を使う人たち」などの興味深い見出しが並ぶ。

 森氏は問いかける。「ちょっと想像してみてもらいたい。もし、写真を撮って人に見せることができないとしたら、それを買うだろうか? それを食べにいくだろうか? その場所へ出掛けていくだろうか?」

 この問いの真意は「自分が本当にしたいことを見失っていませんか」というところにある。

 自分だけの価値の「モノサシ」を持っていないと、すぐにお金で換算しようとする。生きていくのにお金は必要だが、同じ金額のお金を持っていても、「モノサシ」を持っている人の方が幸せになれる。「老後にお金が必要だ」と不安になって、「お金の増やし方」を学ぶ人は多い。しかし、「お金の減らし方(使い方)」を学んだ方が、幸せも増えるし、お金の不安も減るのではないだろうか。そう思える一冊だ。

4.小説:不安を広げない英雄になる

 そして、自分の「モノサシ」を持っていないと、周りの声に不安を煽られる。「投資を始めないと損だよ」「老後までに2000万円貯めるだけじゃ足りない」。これらの声によって不安が広がっていく。「お金の不安」がウイルスのように伝染し、「不安のインフレ」が起きているのが現代の日本ではないだろうか。

 平野啓一郎氏の短編小説集『富士山』(2024年、新潮社)に収録されている「ストレス・リレー」という話も、人から人へと感染を繰り返す「ストレス」の連鎖を描いている。この物語には一人の英雄が存在する。その英雄はただ川辺を歩いてウクレレを引くだけのルーシーだ。この物語が面白いのは、ルーシーもその周りの人々も、誰一人彼女が英雄だとは気付いていない。彼女は人知れず、ストレスの連鎖を断ち切ったのだ。

 この話を最後まで読めば、きっと誰もがルーシーみたいに生きたいと思うはずだ。

 僕もまた、そう思った読者の一人だ。そう思ったからこそ、この「私の読書2024」を書かせてもらった。

 これらの本を読んでくださった方々が、少しでも自分の不安を整理し、未来を前向きに描けるようになってもらえたら幸いです。そして、ルーシーのように生きたいと思う人が増えれば、「不安のインフレ」は収まっていくものだと信じています。

**こちらの記事は、FORESIGHTへの寄稿した「2024 私の読書」を転載したものです。

(ここから先は有料部分。1週間の日記や裏でしか書けないことなど)

ここから先は

1,754字

お金や経済の話はとっつきにくく難しいですよね。ここでは、身近な話から広げて、お金や経済、社会の仕組みなどについて書いていこうと思います。 …

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?