
半導体に奪われる学校の先生たち
いまの日本で、投資すべきことはなんだろうか?
先日、熊本へ行く機会があった。熊本といえば、世界的な半導体メーカーの台湾積体電路製造(TSMC)の進出で大きな注目を集めている。とはいえ、僕が熊本を訪れたのはTSMCの工場視察が目的ではなく、「Kumamoto Education Week」という教育イベントで、お金の教育について市内の高校生に話すためだった。
イベントでは多くの教育関係者と会うことができ、その中で「教員不足」の問題が深刻だという話を聞いた。熊本県は、全国的に見ても教員の充足率がかなり低いらしい。今年度は教員が集まらず、2回もの追加募集を行ったという。特に英語の先生が足りないそうだ。
これはTSMCの進出による人材争奪戦が一因だという。地元企業や銀行なども新人採用を強化し、初任給を5万円近く引き上げる動きが出ているのだそうだ。もともと銀行などの初任給は、学校の先生と大差なかった。ところが大幅に上がった結果、若い人材が企業に流れやすくなり、教員になる人がいっそう減ってしまっているらしい。TSMC誘致そのものは経済的には良い話なのだが、その影響がこういう形で現場に及ぶというのは、想像以上に大きいと感じた。
この「教員不足」は、熊本だけの話でもない。全国的に、学校の先生が集まりにくくなっているというニュースを耳にする。たとえば近年、少子化の一方で働き方改革が叫ばれ、先生たちの仕事量を減らそうという動きはあるものの、教員に求められる役割はむしろ増えているように見える。行事や保護者対応、ICT活用など、やることは山積みだが、待遇がさほど良いわけでもない。結局、「割に合わない職業」となれば、教員志望の若者が減るのも無理はないのかもしれない。
「日本は投資に回るお金が少ない」と言われている。TSMC誘致のように産業活性化に貢献する大規模投資は結構なのだが、子どもたちの学びや教育への投資をおざなりにしては、長期的に見て日本社会の先行きが心配になる。教育こそ、いずれ大きなリターンを生むとされる投資先の代表格なのだから。
経済協力開発機構(OECD)や世界銀行の調査などでも、教育への投資が将来的に高いリターンをもたらすという結果が何度も示されている。もちろん「中身」が重要で、ただお金をかければいいわけではない。しかし肝心の先生が不足していては、教育の質以前に、教室を回すだけで精一杯という事態になりかねない。
地方創生も、デジタル推進も大事だけれど、学校現場の土台が崩れたら持続的な発展は難しいだろう。いずれにせよ、先生の給料や待遇が改善されないと、若い世代が教員を選びにくい状態は続く。TSMCなどの投資が生む経済効果を、教育にも循環させる仕組みが必要かもしれない。
改めて思う。いまの日本で、本当に投資すべきは何だろう? 半導体や先端技術に投じることは重要だが、それと同じくらい、あるいはそれ以上に人や教育への投資を強化しないと、将来世代を支える基盤が脆くなるのではないだろうか。熊本の教員不足の話は、その危機感を象徴していると感じた。
※こちらの投稿は、AERA2月24日号にも掲載しております。
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