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消える労働者、朽ちるインフラ
先日、埼玉県八潮市で起きた道路の陥没事故では、1週間以上たった2月5日時点でも復旧のめどはたっていない。周辺では光回線のインターネットや固定電話が使えなくなるなどの影響も出た。
国内で年に3千件も道路陥没が報告されていると聞けば、もはや他人事とは思えない。こうした陥没の多くは、下水管や雨水管の老朽化・破損が原因だそうだ。わずかな漏水が地中の砂を流し、見えない空洞をつくっては、ある日突然、道路が崩れてしまう。
道路や橋、水道管といったインフラの老朽化問題は、以前から深刻化している。特に人口が減りつつある地方では、同規模のインフラを維持するのはほぼ不可能に近い。予算の確保がままならず、改修工事や安全対策を後回しにせざるを得ない状況が各地で起きている。
本来、こうした維持コストは見えにくいが、水道事業だけは料金の値上げという形で住民に迫ってきた。たとえば、新潟市では1月から水道料金が29%も値上げされた。人口減で水道事業の収入は落ち込む一方、管や浄水施設をすぐに縮小できるわけでもない。結果的に一人ひとりの負担が増す。外資系コンサルのEY Japanなどの研究グループによれば、2046年までに全国の事業者の約96%が水道料金を引き上げる可能性があるそうだ。
こうした問題への解として、昔から唱えられてきたのが「コンパクトシティー」だ。居住地や公共施設を一定範囲に集約すれば、広範囲に延びたインフラを整理でき、水道管や道路の更新費、人材を大幅に削減できるはずだ。ところが、住まいは個人の自由にかかわる話であり、「このエリアに住んでください」と強制するのは難しい。行政が移住支援や公共交通の整備で誘導を試みても、住民の納得を得るのは容易ではない。結果として、老朽化した広域インフラをズルズル抱え込む現実がある。
問題はさらに根が深い。朝日新聞取材班の『8がけ社会─消える労働者 朽ちるインフラ』によると、なんとか予算を確保しても人手不足から工事を請け負う業者が見つからず、工事が進まない例が増えてきたそうだ。また、この本で、東京大学の金井利之教授が指摘するように、公共サービスやインフラを縮小する際の合意形成は、新たに整備するときよりはるかに困難だ。
しかし今回の事故が示すように、この問題はまるで“トロッコ問題”の様相を呈している。トロッコ問題とは、倫理学の思考実験の一つで、暴走するトロッコの軌道上にいる人を助けるために、特定の人を犠牲にしてもよいのかという問題のこと。今回の場合、放置すれば道路の崩落が起き、尊い命が失われるかもしれない。しかし、インフラを縮小しろと言えば、住民には生活様式を変える負担がのしかかる。その狭間で意思決定を先送りにしてしまっているのではないだろうか。
では、インフラをどう再編し、誰がどこに住み、どの範囲を維持していくのか。『8がけ社会ー消える労働者 朽ちるインフラ』が示唆するように、2040年には生産年齢人口が現在の8割にまで減る見込みで、人手不足が本格化する前に真剣な議論が必要だろう。道路陥没が鳴らした“警鐘”を、一時的な事故として片付けるのではなく、社会全体で向き合うときが来ているのではないだろうか。
※こちらの投稿は、AERA2月17日号にも掲載しております。
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