見出し画像

地獄から見た空の青さ。秋の大分別府たび

秋のはじまり。季節が巡ると、その季節を味わうことを理由にして旅に出たくなる。今回の旅の理由は「秋になって涼しくなったから」ということにしてみた。出かけたのは、九州の右側にある大分県、別府市。別府湾と地獄と湯けむりの街。どこからかほんのり硫黄の香りがする街。不思議で懐かしい街だった。

別府にはいくつもの地獄がある。みんな地獄に行きたくなくて現世で徳を積んでいるはずなのに、別府では自ら好んで地獄を巡る人々でごった返している。「Welcome to JIGOKU!」なんてデカデカと書かれていたりして、そこにみんな喜んで向かっていく、つくづく不思議な街だと思う。
なんて思いながら、わたしもスタンプラリーの台紙を手にしっかり握って、7つの地獄をめぐる「べっぷ地獄めぐり」に挑戦した。

吸い込まれそうなコバルトブル一の水面は、近付くだけでその熱さが伝わってくる。こんなに綺麗な青なのに、その水温は98度もあるらしい。なんだって見た目だけで決めつけて飛び込んでいくと大変なことになる。まずはじんわり近付いて、しっかりその本当のことを知ろうとしなければいけない。

手すりにもたれてじっと水面を見る。そのまま空を見上げると、青空がいつもより高く、青が深く見えた。眼球が地獄の湯気という天然の目薬により潤ったからだろうか。地獄から見た空は綺麗だった。

地獄でなにかが調理されていた。たしかに「地獄蒸しプリン」「地獄蒸したまご」「地獄蒸しまんじゅう」などなど、地獄と名の付く食べものがたくさん売られていた。こうやって本当に地獄で作っているのだろうか。地獄を見学するだけでなく、なにかを作って商売をしているなんて、なんだかその逞しさがすごい、別府という街。

地獄の温泉水を飲める飲泉場がいくつかあった。少量ずつ、全箇所で飲んでみて、すっかりそのトリコになってしまった。しょっぱいような、土のような、独特の風味のある水だった。顔をしかめて「うえぇ」と言っている人が多かったので、みんながみんな得意な水ではないようだった。どうしてわたしは得意なのだろうか。飲むと体がぽかぽかになって、元気がみなぎって、ハイテンションになってしまった。どうやらわたしには地獄の水が合っているらしい。地獄の飲泉場、近所にあってほしいなあ。

30~40分ごとに噴き出す龍巻地獄。観覧席があり、観光客はそこに座ってみんなでその噴き出しのタイミングを待つ。機械で何分おきに出ると決められたものではないので、ただただみんなで待つのだ。大勢の人が自然現象をただただ待っている時間というのは、なかなか貴重な体験だった。急にすごい勢いで噴き出すから、その瞬間に響くのはカメラのシャッター音ではなく、そこにいるひとりひとりが放つ歓声だった。自然現象と歓声のパワーがその空間にぶわっと広がった。

地獄スタンプラリーを制覇した。生きていて地獄を制覇するなんて経験をすると思っていなかったから、なんだか感慨深い。すべての地獄で湯気を浴びまくったおかげで、スタンプラリーの紙はしわしわになっていた。そしてお肌はしっとりとしている。地獄は意外と、美容にもいい。

ホテルからは別府湾が見えた。綺麗、だけでは言い表せない景色がそこにあった。別府という街における別府湾の存在の大きさを感じる。きっとここで生まれ育ったら、故郷をふと想うとき、別府湾の水面のきらめきを思い出すのかもしれない。静かで、きらきらと水面が揺らめいて、その向こうのほうに別の街が見える。この景色が好きだけど、ここじゃない場所を求めてどこかに出て行った自分をすこしだけ想像した。旅に出るとたまにこうやって、自分じゃない自分の記憶を探してしまうことがある。これぞリトリート。この時間がけっこう好きで、たまに知らない街に旅に出たくなるのかもしれない。

別府湾の穏やかさと、どこからか香る硫黄の香り。街にふわりと立つ温泉の湯けむり。はじめて来たのに、どこか懐かしい街だった。

いいなと思ったら応援しよう!

tsuki | つき
最後までお読みいただきありがとうございます!

この記事が参加している募集