文章スケッチ▽はじめてのパエリャ
初夏の日差しの下にまだ少しだけ春を感じる風が吹くなか、私たち夫婦は愛の国パルケエスパーニャを歩いていた。
二日間の三重観光の中で、パルケエスパーニャに居られるのはたったの四時間程度だった。限られた時間の中で、既にキャラクターミュージカル「パティオ デル カント~ダルシネアの秘密の花園~」とオリジナルアニメ映画「ドンキホーテ幻の花を求めて」を鑑賞し、アトラクションには二つ乗った。
この時点で時刻は十二時になるところだった。私たちが小走りで目指しているのは、レストラン「アルハンブラ」だ。
旅程を計画している段階から、パルケエスパーニャではパエリャを食べたいと思っていた。アルハンブラは、パラソルとテーブルがたくさん置かれたマヨール広場に面した本格派スペイン料理の店で、午前中に場所をチェックしていたので迷わずに着いた。
時間に追われている私たちは四グループが既に待っている状況に少し怖気づいた。
しかし、思いのほかスムーズに席に案内され、無事に目当ての「海の恵みのシーフード パエリャセット」を注文した。
ゆったりとテーブルが配置された店内にはスペインの伝統工芸セビリヤ焼の絵皿が壁に飾られていて、目を楽しませてくれた。
照明にも空間づくりへの細やかなこだわりが感じられ、うきうきと気持ちが跳ねる。
ミネラルウォーターが瓶のままテーブルに置いてあり、これは飲んでいいのか夫とこっそり相談した。
周りのテーブルを盗み見ながら今か今かと待っていると、前菜が運ばれてきた。
ブレッドに何か美味しいものを塗ってサンドしてあるもの、ホタテが美味しく味付けされているもの、スペインオムレツ、鶏むね肉に爽やかな味が付けられているもの。どれもさっぱりとしていて美味しい。
以前ギリシャ料理を食べた時に、世界には何かはわからないけど美味しいものがあると学んだ私たちはそれが何なのか深く追及せずにただ楽しく味わった。
次に運ばれてきたのはトマトの冷製スープ。
麦がたくさん入っていて一口大の丸いスプーンで口に入れると、咀嚼するたびにプチプチとはじけた。
酸味が強く、この味を求めたくなるような白い建物と輝く海が強い日差しに照らされた情熱の国を思った。
そして、ついに待ちに待った出来立てのパエリャが熱々の鍋に入って運ばれてきた。
大きなエビとムール貝が目を引く外見は、これぞパエリャという雰囲気で香ばしい匂いも食欲をそそる。
早速夫が取り分けてくれた。
私は最近まで魚介が苦手だったため、パエリャは初挑戦だ。
スパイスが効いたライスの部分から口に運ぶ。鍋の縁でできたおこげの部分がとても美味しい。
食べ進めてみるとアサリもイカも、魚介の臭みはスパイスが打ち消してくれていて、食べやすかった。
私はただ感動した。魚介が食べられるようになったことでパエリャを楽しめた事実にだ。世界の広がりを感じた。
殻を剥くのが難しそうで、後回しにしていたエビをやっと手に取った。
殻と格闘してみるが、どうにもうまく剥けない。手は汚れるし、苦戦していると見かねた夫が剝いてくれた。
ありがとうと受け取って食べてみると、プリプリしていて美味しい。エビってこんなに美味しかったんだなと嚙み締めた。
大きなパエリャ用の鍋に入っていた迫力のあるパエリャは、あっという間に食べ終えてしまった。志摩スペイン村でのスペイン旅行、そしてパエリャへの初挑戦は大満足な結果に終わった。
その後、おかげ横丁やホテルで二日間様々な食べ物と出会うことになるが、このパエリャがいつまでも話題に上ったことは言うまでもない。
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翌日帰路につき、電車の中でパルケエスパーニャのホームページを見ていると、レストラン「エル パティオ」でもパエリャが食べられたことを知った。
予定を立てている時点では、ここで食事をとる予定だったが、店名を確認しなかったため勘違いをしてレストラン「アルハンブラ」に入ってしまったようだ。
パエリャの価格は「エル パティオ」の方がお手頃だったが、間違いなく私はあの日、お値段以上のパエリャを食べられて満足していた。
しかし、それはそれとして店を間違えてしまったことは念のため夫には黙っている。