女子高生の私がクラスメイトを救った話
私の高校は校則がやけに厳しく、息苦しい日々を送っていた。
あれも禁止これも禁止。禁止禁止禁止。
もし背こうものなら、お世辞にも「教師に見えますね」とは言えないような猛々しい佇まいの生活指導教諭にみっちりこってりしぼられるのだ。
我々は無駄な争いはしたくなかった為割と大人しく言うことを聞いていたが、どうしても破らねばならない校則があった。
それは携帯電話の持ち込みだった。
私たちは抜き打ちの荷物検査が起きそうな時を嗅ぎつけては報告し合い、携帯を鞄の中敷きの下や弁当袋の中、時には下足箱のローファーの中にまで隠しに行った。
もし先生に見つかったら市中引き回しの上打首獄門晒し首は免れない。
みんな生き残る為に知恵を絞り、団結した。
ある日の授業中、事件は起こった。
眠い目を擦りながら黒板を眺めていると、かすかにヴーヴーヴーとバイブレーションの音がした。私は冷や汗をかきながら机の横にかけている自分の鞄に触れた。何も振動がない為、私ではない。
私の周りの、誰かの携帯のバイブが鳴っているのだ。
由々しき事態に私は焦った。
先生にバレれば友達が1人、生徒指導室の闇の中に消えていく事になる。友を見捨てて自分だけのうのうと生きていけるものか。私はすぐに誰の携帯が鳴っているのかを推理した。
頭の中で名探偵コナンのメインテーマが鳴り響く。
幸い席が後ろの方だった為、教卓で喋る先生には気付かれていない。この不自然な人工音、起きてさえいればすぐに気がつくだろう。まだ鳴り続けているという事は犯人は寝ている奴に違いない。
周りを見渡すと机に突っ伏し、すやすやと気持ちよさそうに寝ている友人ヤマダがいた。
ヤマダ、お前か!
私が起こすには席が離れている。起こそうにも不審な動きを見せれば先生から怪しまれてしまう。友人伝いに起こしてもらうしかない…そう策を練っている間に、先生が言った。
「はい、じゃあちょっとここまで板書ね」
まずい。
先生が黙るとこのバイブレーション音が聞こえてしまう。もうだめだ、ヤマダ。お前を助けてやる事は出来なかった。無力なわたしを許してくれ…
諦めかけたその時、窓際に座っていた友人コシノがガタガタと大きな音を立て窓を動かし始めた。
「なんか暑いんで窓開けてもいいっすか?」
平然と先生に話しかけるコシノと目が合う。
コシノの目が私に語りかけた。
『俺が時間を稼ぐ、ヤマダを起こせ』
静かな教室の中で、ヤマダを守る会が発足した瞬間だった。コシノは気が付いていたのだ。
建て付けの悪い窓を利用し、違和感なく音を立たせる彼のナイスアシストを受け、私は隣の席の友達にヤマダを起こすように頼んだ。これで助かった。そう思ったのも束の間だった。
ヤマダが熟睡していて起きない。
ばかやろう!私は心の中で叫んだ。
コシノも焦っている。窓を開ける僅かな時間。
そんなに長くは持たない事はわかっていた。
「ハーックシュン!!!!あー、花粉かな。ハーックシュン!!!」
大きなくしゃみの音に振り向くと友人ヒラタがハンカチで鼻を押さえていた。私はすぐにわかった。ヒラタもヤマダの携帯に気づいている。窓を開けた事でくしゃみを花粉のせいにしているのだ。何という策士だろうか。ヤマダを守る会の参謀の出現に思わず歓喜の声が漏れそうだった。
「おいコシノ、ヒラタが辛そうだから窓閉めてやってくれ」
とんだ誤算とはこの事だ。
先生のヒラタを思う優しさが裏目に出た。窓を閉めればクシャミ作戦は終わってしまう。私はコシノとヒラタが繋いだバトンを守る為、一か八かの賭けで自分の筆箱を地面にブチ撒いた。
いっけね〜!とヘコヘコしながら散らばったペンを拾い集めるフリをし、ヤマダの席へ近寄って彼女の足を思いきりはたいた。
これにはさすがのヤマダも飛び起きた。そして自分の携帯のバイブレーション音に気がつくと慌てて鞄の中に手を突っ込み、電源を切った。
私たちはヤマダを守り抜く事が出来たのだ。
ふと周りを見渡すと、コシノとヒラタの満足そうな笑みが見えた。私も微笑み返した。力を合わせ、燃え盛る炎の中から小さな命を救い出したかのような清々しい気分だった。
このような事件はヤマダだけには留まらず、その後も違う誰かのミスにより何度も起きることとなった。その度に気づいた者たちで一致団結し、あの手この手で先生の目を欺き友の命を救った。
友情とはきっとこうして培われていくのだろう。
校則を守らなかった事は申し訳ないが、それよりももっと大切な何かに気づく事が出来た気がした。