【佐々木朗希のポスティング移籍容認】NPBからMLBへの選手流出の背景にある「NPBとMLBの経済格差」はなぜ生まれたか


千葉ロッテマリーンズが佐々木朗希投手(23)に対してポスティングでのMLB移籍を容認した、と発表したことで、日本プロ野球ファンの間は大きな波紋を呼んでいます。


私は、こうしたNPBのトッププレイヤーたちがMLB移籍によって流出する背景には、MLBとNPBとの市場規模の差に起因する「経済格差」にあると考えています。


NPBとMLB、プロスポーツリーグの「経済格差」を生んだ、両者のビジネスモデルの違いについて触れたいと思います。



NPBの2024年シーズン開幕戦チケットが高騰


今年2024年、NPBのシーズンが開幕するにあたり、巷のプロ野球ファンの間では、「チケット代が爆上げしている!」と話題になりました。



あの庶民的な神宮球場のホームゲームですら、「ダイナミックプライシング」という名のチケット価格の値上げ、爆上げ。
いくら人気が集中するレギュラーシーズン開幕戦とはいえ、ダイナミックにもほどがあります。


プロ野球だって興行ビジネスですから、物価高ならチケット代を値上げするのも無理もないですし、プロ野球人気も高まっているのだから、経済学が教えるところの需要と供給の関係を考えればある程度の値上げも適正とも言えるし、やむをえない部分もあります。

プロ野球をビジネスとしてとらえれば、球団からみれば、プロ野球ファンが増えている、観戦チケットへの需要が高まっているのだから、価格を値上げしてもいいだろう、むしろ、いま値上げしなくて、いつやるのか、ということだと思います。

しかし、プロ野球ファンの一人して物申したいのは、
いまのチケットの値上げに球団経営のビジョンはあるのか?」ということです。

NPBの試合のチケット値上げはビギナー、ライトファン層を遠ざけないのか?


プロ野球の入場チケットを値上げすることが意味するところは、ファンの選別につながるおそれがあることです。

「チケットを高くても買いたい、球場で観たい、しかも、できるだけたくさん」という層は、「野球狂」、プロ野球がないと生きていけない、という「ヘビーなファン層」です。

例えば、昨年のWBCで侍ジャパンの世界一や、MLBでの大谷翔平の躍動を見て、「ナマで野球を観てみたい!」というビギナー層、ライトファン層にとって、あまりに高すぎるチケット代は、現地観戦への高いハードルになります。

「なんかスポーツニュースで観たけど、ベイスターズの度会くん、かわいくない?
え、観たーい。え、いくらすんの?どうせ観るなら近くで観たいんだけど。
え、内野席(SS)7800円? まじないっしょ」

何より、子供はどうなるんでしょう。
大谷翔平から日本全国の小学校に特製のグローブが贈られて、学校で触らせてもらった少年少女たちが、「野球って面白そう、プロ野球を観たい!」と思って、親にせがんだとしても、特にプロ野球に興味・関心のない親であれば、
「プロ野球観戦?どれどれ、いくらくらいするの?えー、高いわよ、我慢しましょうね」
とにべもなく言いくるめられるのがオチです。

つまり、日本のプロ野球チームは、いまのプロ野球人気を背景に、「一部の金を持っているファンを沼らせればいい」「金を取れるところから取ろう」としか思っていないのではないか?といぶかしくなります。



MLBとNPB、ビジネスモデルの違い



もちろん、海の向こうのMLBでも、ボールパークでの観戦チケットは高騰しています。

MLBでは観戦チケットはもともと、NPBよりもはるかに高めに設定されていましたが、最近はますます高嶺の花、いや「高値の花」になってしましました。


ゴールデンウイークや夏休みに家族4人でロサンゼルスに旅行して、ディズニーワールドに行って、ついでにドジャースタジアムで大谷翔平や山本由伸の雄姿を拝むなんていうのは、もはや富裕層しか無理な所業となってしまいます。

いまや、大谷翔平は、日本のテレビ局が「唯一、安心して届けることができるニュース」として、毎朝、一挙手一投足を追いかける存在にまでなってしまいました。
しかし、大谷翔平を始めとするMLBの選手の年俸の高騰も、チケット価格の高騰につながっているのではないか?と考えると、一瞬、複雑な気持ちになってしまいます。

ただ、MLBの場合、NPBとはビジネスモデルが大きく違います。

MLBの市場規模は1.5兆円以上、そのうち4割が「放映権料収入」




2023年1月、米国の経済誌・フォーブスによると、MLBの2022年の総収入が史上最高額となる108億~109億ドルに達したという報道がありました。
つまり、日本円に換算すると、MLBの市場規模は1兆5000億円もあるのです。



実はMLBのチームの収益基盤は、テレビ放送の放映権収入やネット配信権の販売による収入が大きく寄与しています。
MLBは2021年に、米国のテレビネットワークであるESPN、FOX、TBS(ターナースポーツ)という3社と年17億6000万ドルの7年契約を結んでおり、さらにApple、NBCからも配信権の収入があります。
それと、海外、特に日本のNHKなどからも放映権収入が入ってくるので、全部合わせて、年間20億ドルはくだらないとされます。
これがMLB30球団に均等に分配されますので、1チームあたり、年間6000万ドルの収入があるというわけです。ざっと1チーム、年間約90億円です。

さらに、MLBでは各球団が自身のフランチャイズエリアを中心としてローカルのケーブルテレビなどに放映権を販売しているので、それは個別の球団に直接、収入として入ってきます。
それがなんと、累計で21億ドルもあるというのです。
これはチームによって収入が異なりますが、1チーム当たり数千万ドル、すなわち数十億円は下りません。

例えば、ドジャースは子会社に"SportsNet LA"というスポーツ専門のテレビ局を保有していて、年間で2億3900万ドル(約350億円)の放映権料を親会社のドジャースに支払うことになっています。



MLB全体の収入が108億ドルとして、そのうち放映権料・配信権料収入が40億ドル超あるわけですから、全体の4割を占めているのです。

ひるがえって、日本のNPBはどうでしょうか。
かつて地上波放送での巨人戦の中継の放映権料が1試合1億円、という時代もありましたが、いまや、平日の夜、地上波放送でプロ野球中継が放送されることは年間に巨人戦ですら数試合程度しかありません。
ご存知のように、プロ野球中継は、有料のBS(一部無料)・CS・ケーブルテレビ、DAZNのような配信サービスに移ってしまいました。


DAZNが2019年に巨人と配信契約を含む包括的な契約を結び、一説によると年間20-25億円という噂が飛び交いましたが、その後、2020年には新たに5年契約を締結しています。






DAZNは広島カープを除く11球団からホームゲームの配信権を獲得していますが、他のチームが配信権料収入を得ているのかは明確にはわかりません。

そのDAZNも毎シーズンのように、視聴料の値上げを繰り返しています。


いずれにせよ、NPBトップの配信権収入と思われる巨人でもMLBのドジャースとはまさに「ケタ違い」です。

阪神タイガースの「ファンベース」は世界2位?!でも喜べない理由



一方で、試合の観客動員数はどうでしょうか。
日米、MLBとNPBでどれくらい差があるのでしょうか?

MLBの観客動員数のトップは2022年のシーズンでいうと、ロサンゼルス・ドジャースで3,861,408人、1試合平均47,161人でした。

一方のNPBの観客動員数のトップは阪神タイガースで2,618,626人、平均36,370人です。

MLBとNPBではレギュラーシーズンの試合数が異なり、ホームゲームも10試合程度、MLBのチームが多いにも関わらず、なんと、阪神タイガースの観客動員数は、MLBで換算すると、ドジャース、カージナルス、ヤンキース、ブレーブス、パドレスに次いで、6位に相当するのです。

しかも、2023年には1試合平均の観客動員数がドジャースの47,800人に次いで、阪神タイガースは41,065人で堂々、2位になりました。

この事実を持って、阪神タイガースは「世界で2番目に人気のある野球チーム」と言えなくもありません。

しかし、喜んでばかりもいられません。
何かおかしいと思いませんか?

裏を返せば、ドジャースと阪神タイガースは観客動員数ではそれほど差がないのに、なぜ、これほどまでにチームの収益や、選手の年俸に差があるのか?という疑問になります。

その答えは、MLBとNPBとの間で、テレビでの放映権料、ネットでの配信権料から得られる収入に大きな差にあることに、わかっていただけたと思います。

このままだとNPBの将来は明るくない、NPBは一致団結してビジネスモデルの変革を



そして、NPBのビジネスモデル、エコシステムが変わらない限り、NPBの将来は暗いというしかありません。
なぜなら、チームの収益の柱に、チケット収入を当てにするというビジネスモデルには限界があるからです。
仮に、そこにグッズなどの売上が加わったところで、ファンの懐だけを当てにすることには変わりなく、本質的には大差ありません。
一人のファンがプロ野球に使えるお金にはおのずと上限があるからです。

そして、日本のプロ野球ファンのビギナーやライト層、何より将来のマーケットを担う、子供たちがテレビで無料で視聴できない、球場で観戦するのもハードルが高いとなると、日本でスポーツビジネスの先頭を走ってきたNPBにも「終わりの始まり」を感じざるを得ません。

もちろん、日米では外部環境も大きく異なりますし、放映権料や配信権料というのは、チームの一存で決められるものではありません。
しかし、NPBの各チームのフロントが、プロ野球の人気が高まっているから、ホームゲームのチケット代を値上げしよう、という安易な考えだけでは、やがてNPBのチームも球界全体も衰退に向かうことは明らかなのです。

従って、いまNPBの球団経営者が考えることべきは、いかにNPBが対象とする市場を大きくするか、収益源を多角化するか、ということだと思います。

前者であれば、NPBのチームの試合を視聴できる地域を海外に広げるとか、後者であれば、企業からのスポンサーシップ収入を強化するとか、ソフトバンク、日本ハムのように、ボールパークを軸としたショッピングモール、アミューズメント施設化、究極的には「まちづくり」事業にしていくことです。


これ以上の具体的な案の詳細は省きます。
NPBの各チームはもっと本質的なビジネストランスフォーメーションを考えないといけない時期にすでに差し掛かっています。

このまま、NPBのチームの収益力が上がらなければ、NPBの優秀な選手は高年俸を求めて、どんどんMLBに流出していくことはすでに明らかだからです。

NPBのチームが世の物価高を反映して、主催試合のチケット代を値上げするのはやむをえませんが、それで増収増益で満足しているようでは中長期的にみて、NPBが衰退に向かっていくということを止めることはできません。

NPBは90周年を迎え、日本のプロスポーツビジネスを牽引してきました。NPBがイノベーションのジレンマに陥ることなく、発展を維持するためには、各チームの「個別最適」な経営努力だけではなく、NPBという組織を中心として各チームが「全体最適」を考えて、一致団結してビジネスモデルを変えるべく知恵を絞っていって欲しいと強く願います。

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