千葉ロッテ・吉井理人監督が貫く「選手ファースト」の信念
NPB/パシフィック・リーグのクライマックスシリーズ ファーストステージは、2位の北海道日本ハムファイターズが2勝1敗で、ファイナルステージに進出しました。
パ・リーグ3位の千葉ロッテマリーンズは第1戦に先勝しましたが、第2戦は9回1死から同点に追いつかれて延長戦の末、サヨナラ負け、第3戦も同点の7回裏に日本ハムに勝ち越され、そのまま敗退しました。
報道によれば、ロッテの吉井理人監督は球団から続投要請があり、来季も指揮を執ることが確定したようです。
「監督・吉井理人」をどう評価すればいいのか。
一ファンの目線で述べてみたいと思います。
「監督・吉井理人」の評価~指揮官として適任なのか
「野球人・吉井理人」というのは掴みどころのない人物です。
現役時代、特に若かりし頃はピッチャーの中でも特に気性が荒く、首脳陣と衝突することもしばしばで、それがゆえに二軍に廻されたり、トレードに出されたりと起伏の激しいものでした。
先発をやったり、抑えをやったり、また先発に戻ったりしながら、NPBから初となる海外FA権を行使して米国に渡り、メジャーリーグやマイナーリーグのチームを転々としながら、日本に戻ってNPBでも投げ続け、42歳まで現役を続けました。
現役を退いてからは「コーチなんてやりたくなかった」と告白していますが、いつのまにか筑波大学大学院でコーチングを学び、投手コーチとして名伯楽ぶりを発揮します。
そして、気がついたら、監督として指揮を執るようになっていました。
吉井監督が就任した2023年のレギュラーシーズンは2位、そして今季は3位と2年連続でAクラス入りしました。
「監督・吉井理人」の特徴は、一言でいえば、「凪」です。
試合中、ベンチでは勝っていても負けていても淡々としています。
試合で勝ってもメディアにサービスするコメントはありませんし、
逆に試合に敗れた後のコメントは、
「継投ミスしました。すみません、次はちゃんとやります」
「打順の組み方が悪かったです」
とあっさりベンチの責任を認めるタイプです。
「選手は一生懸命やってくれました」と言い、ミスしたり、やられたりした選手を名指しで悪く言うことはほぼありません(例外は安田尚憲)。
しかし、たまにベンチで「本性」が出るときもあることが表情でわかる場合もあります。
吉井監督は、長いシーズンで選手に無理をさせることも極力、避けています。
中継ぎ投手であれば、3連投はさせないし、1週間で登板する試合数も限定しています。
野手の主力選手も適度に休ませす。
ロッテの野手でもっとも試合出場が多かったのはネフタリ・ソトの132試合です。
規定打席数に達しているのもソト、佐藤都志也、グレゴリー・ポランコの3人だけです。
投手陣に至ってはパ・リーグで45試合以上、登板している投手は18人いますが、そのうちロッテの投手は鈴木昭汰、一人だけです。
ロッテは吉井監督が就任1年目の2023年、長打力不足を投手の運用で補い、後半戦は失速したものの、最終戦でなんとかリーグ2位に滑り込みました。
ロッテは2024年シーズンを迎えるにあたり、前年、パ・リーグ本塁打王を獲得したグレゴリー・ポランコと高額な複数年契約を結び、さらに長打力不足を解消するため、横浜DeNAベイスターズを退団したネフタリ・ソトと契約するなど打てる手は打ちました。
吉井監督自身も、著書「聴く監督」でも2024年シーズンの展望を以下のように明かしていました。
しかし、ロッテは若手・中堅野手の伸び悩みもあり、チームの得点力はなかなか上向かず、得点数はリーグ3位、本塁打数もリーグ3位という成績でした。
その結果、レギュラーシーズンでは3位、クライマックスシリーズでも敗退となりました。
マリーンズファンからすれば昨シーズンは2位だっただけに、「もっとやれたのではないか」と思う声が出るのは当然かもしれません。
吉井理人は投手コーチとしての実績は申し分ない。
だが、果たして、監督・吉井理人は、指揮官として「適任」なのだろうか?
そう思った人には、まず、吉井監督の「信念」を理解してから、その是非を考えてみるとよいかと思います。
「指揮官・吉井理人」の「信念」とは
吉井監督はこれまでいくつかの著書を出しており、『最高のコーチは、教えない』などがありますが、ここでは吉井監督の近著である『機嫌のいいチームをつくる』を紹介します。
プロ野球の監督というのは「一年勝負」の世界に生きています。
仮に契約で在任期間が2年、3年とあらかじめ決められていても、チームの成績が悪ければ「解任」されるおそれがあります。
すなわち、プロ野球の監督の「評価」はペナントレースでの結果がすべて、とみられがちです。
しかし、吉井監督はこれまでの監督とは一風、異なる信念を持っています。
「主体性を持って、自ら思考、決断、行動ができるプロ野球選手を数多く育てたい」と明言しているのです。
「チームの勝利」と「選手ファースト」は短期的には相容れない
プロ野球チームのファンというのは、応援するチームの「勝利」そして「優勝」を願っています。
選手たちも、ファンの応援なしでは、とことあるごとに口にしてくれます。
ですが、私はいつからか、「ファンの思い」と「選手の思い」は相容れないのでは?と思っているのです。
ファンは推しのチームの勝利、優勝を願う。
一方で、それは、選手たちに多大なる犠牲を強いることでもある。
選手にはアスリートとしての「選手寿命」があります。
例えば、疲労を圧して無理すれば故障しますし、その故障が選手生命を奪いかねない事態に発展します。
チームの「勝利」のためには選手は自らを「犠牲」にしなければならないときもあるわけです。
すなわち、「勝利」と「選手生命」はトレードオフの関係にあると言えるでしょう。
こうした状況で、指揮官が「選手ファースト」を貫くことは容易ではありません。
勿論、吉井監督も決して、「選手を犠牲にするくらいなら、勝たなくてもいい」、とは言っていません。
という三段論法で、我々を説得しようとしているのです。
ですが、私に言わせると、これは「選手ファースト」を貫くための「方便」なのです。
いじわるな見方をすれば、チームの勝利は、最優先ではないのです。
ここまで「選手ファースト」を言語化して、公にしている監督は他に聞いたことがありません。
なぜ、ここまで、吉井監督は「選手ファースト」を貫こうとしているのでしょうか?
あくまで想像の域を出ませんが、吉井監督は「自分がされてイヤなことは他人にもしない」という気持ちをシンプルに持ち続けているのではないでしょうかか。
ー自分が選手だったときに、首脳陣にされてイヤだったことはしない。
ー自分は主体的に考えて行動した結果、選手として達成感を得ることができた。
それが吉井監督の「信念」の根っこにあるのではないでしょうか。
実際、吉井監督は著書でこのように述べています。
「野球人・吉井理人」に影響を与えた「名将たち」は?
選手・指導者としての「吉井理人」に影響を与えた人物は何人かいるでしょうが、吉井さん本人は仰木彬さん、権藤博さん、野村克也さん、ボビー・バレンタイン、ニューヨーク・メッツ在籍時の投手コーチであるボブ・アポダカを挙げています。
仰木彬監督は吉井さんがドラフトで入団した近鉄バファローズで当時、監督を務め、「投手・吉井理人」は仰木監督によって「抑え投手」の適性を見出され、ブレイクを果たします。
しかし、仰木監督は投手を酷使する継投策を弄するタイプであり、当時、近鉄の投手コーチを務めていた権藤博さんと共に、吉井さんは仰木監督に反旗を翻します。
1989年、近鉄が悲願のリーグ優勝を決める試合で、そのシーズンを通して抑えを務めていた吉井さんは最終回のマウンドには上がらず、代わりに先発のエース・阿波野秀幸さんが胴上げ投手となったため、権藤さんと吉井さんは胴上げに輪には加わらなかったと言います。
権藤さんはシーズン終了後「お前たちを守れなかった。すまなかった」と言って、チームを去っていったといわれています。
権藤さんが「指揮官」として投手の酷使を避けるという「信念」は、吉井さんの中にも根付いているといえます。
吉井さんの著書のタイトルになった「最高のコーチは、教えない」という言葉も、権藤さんの影響が大きいと認めています。
その後、投手・吉井理人が近鉄からヤクルトに移籍したのも、仰木彬監督の後任となった鈴木啓示監督との確執が原因とされています。
吉井さんはスワローズ移籍後、当初は野村克也監督にも反発していましたが、やがて、野村監督の意図や野球理論に触れ、「野村ID野球」の申し子として再び、先発投手として活躍します。
吉井さんは1998年に渡米し、ニューヨーク・メッツに移ってからは、ボビー・バレンタイン監督の下で、プレーしましたが、ロッテでも2度、指揮を執ったバレンタインの選手起用法を、採り入れているという指摘もあります(吉井さんが2007年、現役最後にプレーしたチームも、バレンタイン監督率いるロッテ)。
吉井さんは仰木彬さんとは「確執」があったように思われていましたが、投手・吉井理人が米国から帰国後、オリックスに入団したものの、2003年オフ、オリックスと近鉄の球団合併のあおりもあり、一度は戦力外となった吉井さんが頭を下げた相手はその時、オリックス監督に復帰した仰木さんです。
仰木さんは吉井さんの「思い」と、野球の対する真摯な姿勢に応え、吉井さんをオリックスに「復帰」させます。
吉井監督には、この4人の「名将」の影響が見え隠れします。
この4人が同じタイプの「名将」とは思えませんが、吉井監督は「いいとこどり」しようとしているように見えます。
「指揮官・吉井理人」に見る「三原脩」の「影」
そして、吉井さんに直接・間接に影響を与えたかどうかわかりませんが、「監督・吉井理人」の中にもう一人、その「影」を見つけることができるとすれば、それは仰木彬監督の師匠にあたる三原脩です。
最近では、日本ハム元監督であり、2023年のWBCで日本代表を率いて優勝監督となった栗山英樹さんが、三原脩の娘婿である中西太さんから「三原メモ」を引き継いだことから、三原脩の「没後弟子」を自認するほどの存在です。
吉井さんは日本ハム投手コーチ時代や2023年WBC日本代表チームでも栗山監督と共に戦っていますので、栗山監督を通じて三原脩の存在は意識にあったかもしれません。
しかし、果たして、吉井監督本人が三原脩の影響を直接・間接に受けているかどうか、本人が語ったわけでも、誰かから聞いたわけではありませんので、あくまで推測でしかありません。
巨人・西鉄・大洋・近鉄・ヤクルトで監督を務め「名将」と謳われた三原脩監督は「三原マジック」と形容された采配の「奇策」のほうに目を奪われがちですが、実は、「運」や「ツキ」を重視する監督でした。
三原脩は著書「監督はスタンドとも勝負する」でこう述べています。
三原監督は「超二流」でも「ツキ」や「運」がある選手は、「一流」の活躍ができると信じており、重用したといいます。
吉井監督も、他のチームを戦力外になった選手や移籍で入団した選手を活用するのが非常にうまい監督といえるでしょう。
現在のプロ野球において、選手の補強などの役割は原則、フロントが担っていますが、吉井監督が就任した後に移籍や獲得した選手の起用を見ると、吉井監督の意向がかなり反映されているのではと思わざるをえません。
ところが、三原脩は同じ著書「監督はスタンドとも勝負する」でこう述べています。
三原は「野球は運に左右されるスポーツ」だ、と言っておきながら、一方で、「運に左右されないチームに育てたい」と言っているのです。
一見、矛盾するような発言ですが、私は決して、矛盾していないと思います。
吉井理人監督が掲げる、「主体性を持った選手を育てる」ことこそ、「運に左右されないチームに育てる」ことだと考えるからです。
何故なら、勝負は時の運でも、人材を育てるのは、人の為すべき行為です。
「勝負が時の運・ツキに左右されること」を認識することと、「主体性を持った選手を育ている」という、自分たちができることにフォーカスしよう、という考え方は何ら矛盾するものではないと思います。
一方で、三原脩は「運・ツキ」をどう捉えていたのでしょうか?
マリーンズが2023年シーズンに掲げたスローガンを思い出してほしいのですが、
三原脩が言っていたことと、怖いくらい符合するのです。
吉井理人監督が、三原脩を意識していなかったとしても、吉井理人の中に、「三原脩イズム」が根付いているといっても過言ではないでしょう。
ロッテ球団フロントは吉井監督の「信念」に賭けた、選手たちはどうだ?
冒頭でも書きましたが、千葉ロッテ球団の高坂社長は、クライマックスシリーズ敗退後、メディアの取材に応じて、吉井監督に続投を要請、本人の承諾を得ていることを明かしました。
吉井監督がいかに立派な「信念」を持とうともは少なくとも、球団フロントの理解がなければ、組織の中では決して許容されません。
言い換えれば、球団フロントのバックアップがあれば、吉井監督は自らの「信念」に基づいて、「強いチーム」をつくることに邁進することができのです。
いや、仮に強いチームをつくることに届かなくても、主体性のある選手を育成することはできるかもしれない。
おそらくロッテの球団フロントは、吉井監督の「信念」に賭けてみたのでしょう。
吉井監督が就任して2年経ち、「優勝」という果実こそ手にしていませんが、ロッテのフロントも現時点で、吉井監督の「信念」に賭ける、という「信念」は揺らいでいないようです。
ロッテは2022年にチームスローガンとして「VISION 2025 常勝軍団」を掲げています。
つまり、2025年までにマリーンズを「常勝軍団」にする、というもので、来季はその2025年にあたります。
おそらく来季が一区切りとなるでしょう。
吉井理人監督のチャレンジが実を結ぶかどうか、それは来季次第と言えるかもしれません。
まだ一ファンとしても、指揮官・吉井理人の信念とチャレンジに賭けてみたい、そう思うのです。
そして、昨日と今日、エスコンフィールドでのファイターズの戦いぶりを見て、これこそ、吉井監督が掲げる「主体性を持った選手たち」の進行形の姿ではないかと思いました。
私が吉井監督なら、勝敗の結果よりも、その事実に歯ぎしりしたかもしれません。
マリーンズの選手たちも、この光景をどのように受け止めたのか。
勝負は時の運、とだけ思うのか、それとも、自らが主体性を持った選手になると決意を新たにできるのか。
そこから来季へのチャレンジが始まると思いました。
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