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この気持は知っている book review

『わすれものの森』
岡田 淳+浦川良治・著
BL出版

 かつて読んだことがあったのか、それとも初めて読むのか、記憶は曖昧だった。でも確かなことがひとつあった。これは、私の中に今もある物語だ。

 誰もが忘れものをしたことがあると思う。忘れものを、探したこともあると思う。見つけられなくて、そのまま忘れてしまったり、時が経ち思いがけない場所で見つけり……。あの時の気持ちは、言葉だけじゃ表せない。

 明日の音楽会を目前に、ツトムは笛をなくしてしまう。ツトムたち三年一組は笛の合奏をすることになっている。その演奏の中で、独奏を吹くのはツトムだった。クラスのみんなが、賛成してくれたのだ。

 ツトムは学校の勉強があまり好きではない。でも、体育と音楽は別だ。特に笛は初めて手にしたときから、きれいな音が出せた。体育以外で、先生に褒められたのは笛だけ。その大事な笛が行方不明になってしまった。

 自分の部屋は全部調べた。となりの部屋もベランダも、風呂場、玄関、妹のおもちゃ箱の中さえも。いよいよ探す場所がなくなって、ツトムはもう一度学校へ探しに行く。早く見つけて、練習しなければ。

 すでに学校の門は閉まっていたが、ツトムは運動場の隅にあるひみつの抜け穴から進入して、薄暗くなりはじめた教室の机の中を調べた。でも笛は見つからず、途方にくれているところへ、話し声が聞こえてきた。

 隠れて話を聞いていると、声の主たちは、忘れものを集めるのが仕事らしい。本当だろうか? もしそうだとしたら、ツトムの笛のことも知っているかもしれない。思い切って、ツトムは声の主たちに話しかけた。

 彼らの名前はサントスとニブラ。二人は忘れられたものを集め、わすれものの森へ運ぶと言う。それらを、森の木の枝にかけておくと、いつのまにか木の実や花に変わるらしい。そして、ツトムの笛も、その森の木の枝にかけてあると言うのだ。

 大変なことになってしまった。早く取り戻さなければ、ツトムの大切な笛は花か実に姿を変えてしまう。二人に懇願し、ツトムは彼らと共にわすれものの森へ向かう。

 忘れものと落し物は、似ているようで違う。落とすのは、不意に起こった事故のようなものだ。一方、忘れものは、持ち主が何か他に心が移ってしまったようで、忘れられたものからは、寂しさや切なさを感じる。

『君たちは、なんでもほしがるだろう?』と、ニブラは言う。『そのくせ、自分のものになったら、すぐにそこらあたりにほったらかしたり、どこかにわすれてしまったりする —中略— わすれられたものは、自分を使ってくれたときのことを思い出しながら、ひとりぼっちでほこりにうもれていく—』。彼らは、そんなわすれられたものたちの世話のしているのだ。

 物に感情はあるだろうか。ニブラが言うように、持ち主を思い出し出したりするだろか。もしそうだとしたら、ツトムの笛はどうだろう? 待っているだろうか?

 訪れた森でツトムは木々に目を奪われる。ハンカチの木、傘の木、そして笛の木。何百本という笛が木の枝についていた。遠くから聞こえる奇妙な歌声。
『わすれられたものたちは、わすれたひとをわすれない』。忘れた人は、忘れる。でも、忘れられたものは違う。

この気持は知っている。そう感じた物語だった。今も自分の中にある、どこかの自分に、再会した気がした。

同人誌『季節風』掲載


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