いい夢が見られるまで book review
『ひみつの犬』
岩瀬成子・作
岩崎書店
大人と子どもは一体何が違うのか? 生きてきた年月だけの違いだろうか? 私の周りには子どものような大人もいる。彼らの言動を見聞きしていると、自分の感情がコントロール出来ないようだ。逆に大人みたいだと感じる時、その子は妙に冷静だったりする。気分の上下は誰にもあるし、機嫌が悪くても構わない。ただその感情の責任は自身が負うべきで、それが大人だとも思うのだが…。
ペット禁止のマンションで、細田君は犬を飼っている。彼は羽美の住むマンションに半月程前に引っ越してきた。借りる予定の一軒家が借りられず、仕方なく内緒で犬を飼いながら、もらってくれる人を探している。手放す覚悟で、飼い主を探しているのだ。
細田君のお母さんは犬と暮らせる一軒家を探し続けている。でも細田君はキッパリと否定した。母一人の収入では経済的に無理だ。大切にしてくれる人に、もらってもらうしかない。
この決断に至るまでの葛藤を、私は思わずにいられなかった。隠して犬を飼い続けることも不可能ではなさそうな気もする。でも、大切な犬だからこそ、細田君は手放すと決めた。彼らの不安は犬の不安でもあるのだ。
犬の幸せだけを考える細田君は大人だ。犬の存在が彼を大人にしたのかもしれない。大切な誰かに出会うと、人は変わる。
知りたいと思ったわけでもないのに、羽美は細田君の事情を知ってしまった。本当にたまたまだった。細田君に同行を頼まれ、二人は佐々村整体治療院を訪ねる。細田君はすでに佐々村さんと面識があり、犬のことを頼んでいたようだ。
佐々村さんの態度は曖昧だった。犬をもらう約束はしてくれない。代わりのようにチラシ配りの手伝いを頼まれるが、その日一回だけで終わらなかった。
二回、三回と回を重ねるごとに、羽美は佐々村さんに不信感を抱く。自分たちは利用されているのだけかもしれない。
時期を同じくして、チラシを配るエリアでは事件が起きていた。空き巣に入られた家があるらしく、二人はパトロール中の警察に声をかけられる。火炎瓶が投げ込まれたとか、変な手紙が投函されたり、生ごみが投げ込まれたりと、気持ちの悪い噂も流れている。
佐々村さんに頼まれたチラシは封筒に入っていた。もしかしたら変な手紙は、このことではないだろうか? 本当に中はただのチラシなのか?
この事件は椿マンションの周囲で起きている。同じ敷地に椿カイロプラクティックがあり、佐々村整体治療院とは同業だった。変な手紙が椿カイロプラクティックの椿先生の悪口だと耳にして、佐々村さんが犯人ではないかと羽美は疑う。犬のことより、彼女の興味は事件の謎解きと犯人探しへと向かう。
生ごみを投げ込んだ人は誰なのか? 椿マンションはペット可で猫を放し飼いししている入居者もいるようだ。迷惑に思っている周辺住民もいた。生ごみはそのことへの態度表明だった。稚拙な行為だと知りながら、やらずにはいられない大人もいる。
犬を預かってくれる人は意外にもすぐ近くにいた。隣の仏具店のおばあさんだった。彼女の行為は大人にしか出来ない。
細田君はずっと犬の幸せだけを考えていた。自分たちが犬を苦しめているのもわかっていた。だから手放せるのだ。
「ごはん食べた? ちゃんと寝た? 夢も見た?」
細田くんの言葉に、私ははっとした。犬の見る夢まで、気にかけていたのだ。
同人誌『季節風』掲載 2023 春