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悲しみを抱きしめて book review
『さいごのゆうれい』
斉藤 倫・作
西村ツチカ・画
福音館書店
悲しみがある人生とない人生、あなたはどちらを選ぶ?
不意に問われたら、どう答えるだろう?
これは人々が忘れてしまった悲しみを、思い出すまでの物語だ。
夏休み、小五のハジメは、田舎のおばあちゃんの家に行くことになった。お父さんは製薬会社で薬の開発をしている。お母さんは幼い頃に亡くなり、覚えていない。おばあちゃんの家はお母さんの実家。
乗り気ではなかった田舎行きだけれど、近くに空港ができたと聞いて一変した。この世で、ハジメが一番好きなものは飛行機だ。
久しぶりに会うおばあちゃんは、二人を歓迎した。ハジメとおとうさんの反応は、人間味が乏しい印象だった。悲しみがないと、人はこんな風になるのかと妙に納得する。
二週間があっという間に過ぎた。おばあちゃんの作るごはんは美味しい。夜は宿題も見てくれる。飛行機好きのハジメは、毎日、空港通いに時間を費やした。
お盆の初日、何時ものように空港に行くと珍しい飛行船が着陸して、小さな女の子を一人降ろした。名前はネム。ゆうれいらしい。ゆうれいの国の飛行機は、この時期だけ臨時便が飛ぶという。
ネムの登場で急にまわりが騒がしくなってきた。絶滅動物の調査人ミャオ・ターが家に訪ねてきて、翌日も再会し行動をともにする。そこに托鉢僧のゲンゾウも加わる。ハジメの感情も徐々にみえてきた。いくら飛行機が好きでも、一人眺めているだけでは何も起こらない。お盆の時間は刻々と過ぎていく。
ネムは誰なんだろう?お盆に現れたのだから、生前ハジメと何かつながりがあったと思う。おばあちゃんはネムと知り合いのようで、ゆうれいでも驚かない。食べられなくても、お昼やおやつを、普通に振るまう。
ゆうれいの数はどんどん減っているらしい。自分が最後の一人かもしれないと、ネムは言った。覚えている人がいなくなると、ゆうれいは消えてしまう。生きている人が死んだ人を忘れてしまうからだ。悲しみを忘れることは、ゆうれいの絶滅を意味する。ネムも消えてしまうのだろうか…。
「死んでしまったら思い出せなくなる」とミャオ・ターは言った。人は死ぬと記憶から消える。「そういうものだ」とゲンゾウも語る。不思議だ。なぜ?なぜ忘れてしまうのか。いつから、そうなってしまったのか?ハジメのお父さんもお母さんを思い出せない。
発端はお母さんだった。お母さんの死をお父さんが悲しまないように、その存在を、お父さんの中から消し去る。悲しみを忘れることは、その原因を消すことだ。大切な人を忘れて、思い出せなくなる。
ネムは消えたくないと言わなかった。ハジメに苦しんで欲しくない。それなら、忘れられた方がいいと。忘れられることも悲しい。
すべての謎が解けた時、悲しみが世界に戻ってくる。それは深い苦しみでもあった。それでも再び忘れたくない。ミャオ・ターもゲンゾウも、お父さんも、そしてハジメも、大切な人を忘れたくない。
ネムは最後のゆうれいにならなかった。ハジメにとって、最初のゆうれいだ。
私にもゆうれいがいる。それは、ふとした時に感じる。その度に悲しくて、でもいてくれて嬉しい。抱きしめたくなる。悲しみのある人生を、私も選ぶと思う。
同人誌『季節風』掲載 2021年 秋