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ともに作る book review
『ユキとヨンホ 白磁にみせられて』
中川なをみ・作
新日本出版社
私は長い間商いを誤解していたかもしれない。要は、商いが何なのか本当のところ知らなかったのだと思う。物品を横から横へ渡し利益を得ている印象しかなかった。
才能がなくてもそれなりに売り買いはできるだろう。しかし優れた仕事の側らには、個人の資質が不可欠だ。
ユキは博多の町で中国人の父親が営む大店の一人娘だ。母親のつゆのは平戸の商人の娘で、得意先の明の商人、将得に見初められ、その妻になり雪蘭(ユキ)が生まれた。
将得は明国にも店を持っており、商いは上手くいっていた。しかし戦のため博多の店を引き払い、国へ帰ることになった。愛する妻と娘を戦場には連れていけない。残されたつゆのとユキ、二人の生活が始まった。
つゆのは博多を出て、故郷の平戸を母子二人の生活の場に選んだ。すでに家族は誰もいないが、つゆのにとっては懐かしい生まれ故郷である。博多の店に十五歳から四年間、奉公に来ていた平太もまた、故郷の伊万里へと帰っていった。
つゆのとユキにとって平太は家族のような存在で、平太にとっても二人は見守るべき存在だ。月に一度は伊万里から平戸へ二人を訪ね親交は続いた。
平太は網元の息子だが漁師の仕事にはつかず、廻船問屋で働いている。商いが性に合うのだ。そして、ユキの中にある商いの資質に早くから気づいていた。
七歳のユキは人形や食べ物より、きれいな紙を好む。越前和紙を前に、漉いた職人に会ってみたいと考える。どうやって作るのか。何を想いこの色に染めるのか。一枚の和紙を通し、その背後の物語に想いを巡らすユキにとって、美しい和紙はただの物ではない。そして、焼き物に対しても同じ感性が備わっている。土のぬくもりが肌を通して伝わること。見ているだけで懐かしさがこみあげてくること。まだ幼いユキには「ずっと見ていたい」としか表現できなくても、平太はユキの将来を確信していた。ユキには目利きのすごい大商人の父、将得の血が流れている。
平太の強い勧めで、つゆのたちは住まいを平戸から伊万里へ移し、14歳でユキは廻船問屋の使用人になった。そして19歳になったときには、それなりの仕事を任され小物の仕入れを担当している。
ユキが有田の陶工たちに出会うのは、必然からだろう。今は売り物にならなくても、朝鮮の陶工たちは、いつかすごいものを作りだす。ユキは足しげく有田に通い、彼らと心を通わせ支援する。完成された商品を買い付けるかたわら、未完成でも将来に可能性のある品を見つけたいと願う。その一つが有田の磁器だった。今まで日本の誰も作ったことのない薄くて硬い磁器を完成させて欲しい。売れる商品を見つけるより、いつか売れる商品をともに完成させたい。商いの先達である父の将得に、ユキは想いを馳せる。何を願って品物を売り買いしていたのだろう。富を求めて商いをしていたのだろうか…。
ユキが有田の焼き物に関心を抱いて二十年近くなり、ようやく有田独自の磁器が完成した。上質な磁器は安定して生産され、後に海を渡る。これは、有田焼誕生の物語でもあり、そこに寄り添った商人の物語でもある。
品物の売り買いだけにとどまらず、長い年月をかけ職人たちとともに作る。そんな商いの側面を、本書は見せてくれた。商いっていいなと、素直に思える物語だった。
同人誌『季節風』掲載