『銀の仮面』ヒュー・ウォルポール
ありふれた関係が軋み破滅に至るさまを巧みに描く短篇集。近視眼的な憎悪の煮凝りと善意の毒が詰まっている。
I部は生身の人間による境界侵犯、II部は名状しがたい力あるいは狂気が作用している。島国的感覚といおうか、対面を取り繕い風変わりなものを蔑む気質が顕著であり、その理性の砦を侵犯者は事もなく打ち壊す。
I部ではやはり表題作、II部では「虎」「みずうみ」が好み。
「銀の仮面」では、善意や無邪気さが寄生者にとって恰好の餌となる。冷ややかな銀の仮面と美貌の青年が二重写しとなり、主人公はその表面に惹かれるも裏面に思い至ることなく、逃れがたい因縁によって破滅する。多くの作品に影響を与えたであろうと思われ、こんにちでは使い古されている印象。
「虎」はニューヨークをジャングルに見立て幻覚を醸成した面白さがある。虎の存在が徐々に確信に変わっていく描写や病識のないまま精神科医のところへ連れて行かれるところは悲惨かつ可笑しみがあり、死を介して連鎖する妄想の余韻がいい。
「みずうみ」は殺意を抱くほどの憎しみと歪んだ好意を描いている。男性同士の精神的結び付きは本書に頻出し、対象が不在になることで自身の孤独が炙り出される。本作における描かれ方としては、少量の水が文字通り呼び水としてもたらした報復とも後追い自殺とも見え、一方では一人の人間の溺死に味を占めたみずうみがもう一人の餌を引き摺り込んだようにも見える。
対峙せざるを得ない敵に対する忌まわしくも魅了されるという機微、日常を深く侵蝕していく幻覚の臨場感は巧緻だった。