LIILII

更新停止します Mastodon: @sumiji@fedibird.com

LIILII

更新停止します Mastodon: @sumiji@fedibird.com

最近の記事

『ピクニック at ハンギング・ロック』ピーター・ウィアー

レースの服を纏いあえかに舞う少女たち、運命や死への憧れ、この世ならぬ美の顕現といったフラジャイルな感性とオーストラリア土着の信仰とが融合し、新鮮だった。 天使のような少女たちを統率する校長アップルヤード、この名には含意があるだろう。創世記における禁断の果実は林檎であったか定かでないが、ギリシア神話のヘスペリデスの園やケルト神話の死者の国マグ・メルに見られるように、林檎は楽園と結び付く。 校長の部屋には『燃え上がる6月』が飾られている。右上には猛毒を含む夾竹桃、死と接近した

    • 『すべては壊れる』ラマルシュ=ヴァデル

      累々とした屍骸の中で「私」は死を見詰め続ける。紡がれる独白は、思念の蔦が森を成し景観を変貌させるような止め処ない運動を思わせ、一方で死の臨床試験報告書でもある。 「占領」はテレビ中継され、狂騒を煽る。蹂躙する女性たちは武器・武力のメタファーのようだ。楽園であった家も「占領」され、私はシステムに取り込まれていく。 マルトがもたらした災厄は洪水であるが、「国家から国家への贈り物」とあり、その破壊力、影響力からするに原爆も暗示しているように思う。母たち、死んだ子供たちと共に詰め込

      • 『銀の仮面』ヒュー・ウォルポール

        ありふれた関係が軋み破滅に至るさまを巧みに描く短篇集。近視眼的な憎悪の煮凝りと善意の毒が詰まっている。 I部は生身の人間による境界侵犯、II部は名状しがたい力あるいは狂気が作用している。島国的感覚といおうか、対面を取り繕い風変わりなものを蔑む気質が顕著であり、その理性の砦を侵犯者は事もなく打ち壊す。 I部ではやはり表題作、II部では「虎」「みずうみ」が好み。 「銀の仮面」では、善意や無邪気さが寄生者にとって恰好の餌となる。冷ややかな銀の仮面と美貌の青年が二重写しとなり、主

        • 『暗殺のオペラ』ベルトルッチ

          過去と現在が夢幻的に交錯し多面的な真実を描き出す映像の妙。父の死の真相を追う息子もまた真相に飲み込まれてゆく。 ▼ 主人公アトスと反ファシズムの闘士であった父アトスを同一人物が演じている。かつて父アトスとともに暗殺計画を企てた同志3人、彼らと敵対するベカッチア、父アトスの愛人であったドライファを中心に物語は進む。 同志3人の回想から過去のシーンへ誘われると、過去の人物を現在と同じ俳優が演じている。20年以上の時の隔たりが意図的に消され、マジックリアリズム的で面白い。過去シー

          『モロイ』サミュエル・ベケット

          小説らしくあることを放棄した小説。主人公2人の回想という形式をとるが、語りは屡々でっちあげやはぐらかしにより攪乱される。語り手の感覚は「もろもろの現象の波しぶきのあいだで揺れ」、目的に向かって行動するも果たされない。彼らは現実と自己を繋ぎ止める手続きを行わない。無数の「今」の渦の中で紡がれる有機的な語りこそ本書の魅力であって、その語りの為に語り手は実人生において帰属の箍を外す必要がある。 Ⅰ モロイ、それは人の名であり、そうでないとも言える。 彼は時折、「モロイは〜だ」

          『モロイ』サミュエル・ベケット

          『凍』 トーマス・ベルンハルト

          老画家シュトラウホが凍てに抱かれ自身を消去するまで、そして画家を観察する若き研修医が彼の絶望に染まり、急場を凌ぐまでの軌跡。 画家は過酷な凍てに見舞われる醜い村へ自傷行為に等しく身を置き、世界への、他者への、自己への呪詛を吐き続ける。 画家は失望に失望を重ねて尚も人間に賭けている捩じれ切った精神の持ち主である。彼の関心は自殺にのみ向かうが、完全なる孤絶状態にはない。かつては彼も家族への愛情を抱いたことがあったのかもしれない。だが彼は「考慮の外に置かれた」失敗した子供だった。

          『凍』 トーマス・ベルンハルト

          『パラダイス・モーテル』エリック・マコーマック

          虚構と真実のあわいを掻い潜り、剣呑さを警戒して読み進めていたはずが、いつの間にか進んで罠に足を踏み入れていく心地がした。怜悧な語り/騙りの技巧に酔える好著。 身体に植物を植え付けられ土に埋められる刑 体内に何本もの串を刺す見せ物 父が殺した母の身体の一部を埋め込まれたマッケンジー家の子供たち ――こうした表現は、「わたし」の妻ヘレンも言ったように言葉の殺傷可能性を示している。身体に関わる生々しいイメージは全ての隔たりが侵犯され得ることを表すかのようで、何処か幻想的な美しさす

          『パラダイス・モーテル』エリック・マコーマック

          『12人の蒐集家/ティーショップ』ジヴコヴィッチ

          『12人の蒐集家』 蒐集家たちの奇妙な営為を描いた連作。 紫をキーカラーに、鋭い感性と独自の世界認識とに基づいて人生を賭けた蒐集が行われる。ただし、蒐集対象は有り体の世間話には一切上らぬような品々である。 主人公たちの多くは生真面目で、体面を気に掛けては蒐集品の保管方法に四苦八苦する者もいる。こうした葛藤も面白いのだが、蒐集家と被搾取者との駆け引きに緊張感のある第1話:日々や第3話:サインのような幻想性の強い作品の方が好みだ。個人の有する非物質的な何かが蒐集対象である場合

          『12人の蒐集家/ティーショップ』ジヴコヴィッチ

          『白い果実』 ジェフリー・フォード

          ディストピアの独裁者ビロウから離反した一級観相官クレイの失墜と再生、奇跡の白い果実と楽園を巡る物語。悪趣味と美が混在して輝く結晶のような娯楽作品で、人狼、悪魔等のファンタジー要素と観相学の掛け合わせが面白い。要素が多過ぎて説明不足に感じる部分や御都合主義な展開も見受けられるが、後半は疾走感があり一気に読んだ。 クレイはビロウの命により、白い果実を捜すため属領へ赴く。この辺境の地アナマソビアの基幹産業は、都市の燃料として用いられる青い鉱石の採掘である。鉱夫たちは終いには自らも

          『白い果実』 ジェフリー・フォード

          『記憶の書』/『緑のヴェール』ジェフリー・フォード

          白い果実三部作のうち、第2部、第3部を通して得た感想をまとめておく。 第1部では、理想形態市の観相官クレイと支配者ビロウとの対決が描かれている。理想形態市は崩壊し、生き残った人々はウィナウという集落を形成。クレイはアーラへの非人道的な行為を完全に赦されてはいないが、薬草を使った医師、助産師を生業とし、ウィナウでの穏やかな日々を手に入れた。  第2部では、ビロウによりウィナウに眠り病が蔓延する。ビロウ自身もまた眠り病に感染し、特効薬に関する知識は彼の頭の中にしかない。クレイ

          『記憶の書』/『緑のヴェール』ジェフリー・フォード

          『虎よ、虎よ!』アルフレッド・ベスター

          後世に少なからぬ影響を与えたSFの古典的名作だと思う。 冷酷な復讐譚の装いは終盤に破れ、超人の覚醒に帰結する。ギミックを詰め込んだ凄まじき熱量に翻弄された。 しかし粗さや不可解さは拭えず、読み終えた感覚は大輪の花火が散った後の虚ろな闇。

          『虎よ、虎よ!』アルフレッド・ベスター

          「終わりのむこうへ : 廃墟の美術史」@松濤美術館

          18世紀から19世紀にかけて流行した廃墟趣味から近現代の日本における廃墟画までを辿る展覧会。 儚さや虚無性を喚起する廃墟画であるが、壮麗かつ重厚すなわち偉大さと見たのがピラネージだった。その作風はロマン派的な感性に訴えかけるものがあり、こうした感性は日本における無常観と親和性が高いように思うが、日本では近代まで廃墟画を積極的な鑑賞の対象とは見做してこなかったという。江戸時代、フォンタネージによって持ち込まれたのを皮切りに教育が広まっていった。輸入版画を基にした作品群は精緻で

          「終わりのむこうへ : 廃墟の美術史」@松濤美術館

          『仮面/ペルソナ』

          患者と看護師の療養生活を通して人間の本性に迫る作品。精神分析学に基づいた筋立てでフラッシュバック的に映像が挿入され、真実は明言されないものの、綿密に張られた伏線と説明によって示唆される。 冒頭のモンタージュがこれから始まる物語を暗示する。キリスト教における受難や贖罪のイメージ、或いは男性器、焼身自殺する僧侶、武装した兵に怯える少年といったエロス/タナトスを思わせるイメージ――眠っていた少年が目を覚まし、本を読むがすぐに止め、スクリーンに映る女性の顔をなぞる。生身の母に触れる

          『仮面/ペルソナ』

          『エレニの帰郷』

          テオ・アンゲロプロスの遺作で『エレニの旅』に続く第二部。ギリシア悲劇や叙事詩を素地に動乱の20世紀を生きた女性の人生を描く。 前作に続き、壮大かつ流麗なカメラワークに息を飲む。特に、シベリア抑留時、スターリンの胸像が打ち捨てられた廃墟にオルガンが鳴り響くシーンは胸に響いた。 エレニはスピロスと別々にシベリアへ送られ、彼との間に出来た息子Aとも離れ離れになる。孤独な彼女を支えたのは友人ヤコブだった。Aは長じて映画監督となるが、妻と離婚している。2人の間に生まれた少女の名もまた

          『エレニの帰郷』

          『シングルマン』

          トム・フォードの監督デビュー作。最愛の人を亡くした大学教授ジョージが死を決意した一日を追う。 16年間を共にしたジムが死んでからの8カ月、ジョージは過去に囚われ続けていた。毎朝目覚めるたびに「am」「now」と自分に言い聞かせては仮初の自己を現実に繋ぎ止めていたが、それも限界。心が決まると、人はいつもと違う行動をとるものなのだろうか。眼が澄み心が開かれると、世界は彼に呼応する。色褪せた人生に鮮やかな色が差し、青い瞳の天使が寄り添う。 キューバ危機下の1960年代、核の脅威

          『シングルマン』

          『人形つくり』 サーバン

          「リングストーンズ」と表題作の二つの中篇から成る。 自由を渇望する少女たちは著者の願望を反映しているのだろうか、現実の社会における様態を解放し、再配置せんとする試みが描かれている。ただし、その試みは「自由はすばらしい束縛のなか」という言葉が表す通り、被虐的な立場に陶酔する者と支配する者との関係性こそ至高とする独自のエロティシズムに基づいて為される。若く美しいものへの執着は不死性への憧れと結び付き、異教の神や魔術、永遠の世界の魅力を説いて少女を誘い縛り付ける。 一方、自然は

          『人形つくり』 サーバン